ニ年前
日常と呼ばれる日々を覆す事は、とても容易い。
ほんの少しの変化で、日常は日常じゃなくなる。
例えばそう、いまこうして皆は話をする事も、少し前までは日常ではなかった。

「なぁ。お前のそれ、制服に合わねえよ」

いつものように聖書に視線を走らせていたら、目の前に座っていたアウルが、突然そんな事を言い出してきた。
軍から支給された物以外で、身に付けている物と言えばこれくらいしかない。
わかってはいたが、一応確認の意味でアウルに聞き返す。

「それって…、このチョーカーの事?」
「そうそれ」

首を縦に振って頷くアウルに、私は自分のチョーカーに軽く触れて、再びアウルに視線を戻した。

「別に良いじゃん。私の好きでしょ」

別に赤の他人であるアウルに私のセンスをとやかく言われる必要はない。
もし、それが可能であれば、私もアウルのセンスに文句を言って良い事になる。
勿論、その事を指摘すればアウルは怒るだろうし、反論してくるだろう。
だから私はあえてその事を口にしないでいる。
でもアウルは、それを理解していないらしい。

「そりゃ、の好きかもしれないけど、僕は似合わないって言ってんの」
「だからそれはアウルの意見でしょ?」

そう言えば、アウルはむすっとした顔で更に言葉を続けた。

「言っておくけどね、俺の方がセンスいいからな」
「何それ?私のセンスがアウルより劣るって言うわけ?」
「かもね」

にやりと笑うあたり、明らかに私を挑発しているようだ。
生憎、ガキの戯言に付き合うつもりは無いけど、売られた喧嘩を買わずにいるほど、私は優しいわけじゃない。
だからアウルの喧嘩を買おうとした時だった。

「おいおい、何もめてんだよ」

私達の仲間であるスティングが怪訝そうな顔をして立っていた。
その後ろには、心配そうなステラがいた。

「アウルが私の趣味にケチをつけるのよ。折角、ステラが選んでくれたチョーカーなのに」

そう、このチョーカーは、先の任務で町に出た時にステラが選んでくれた物だ。
ステラらしく、キラキラと光る石が気に入ったのだろう。
しかしそれはステラ本人よりも、私の方が似合うというのだから、ちょっと驚いた。
私はてっきり、ステラ自身が欲しくて眺めていたと思ったのに、ステラときたら…。

「これ、に似合う」

その一言で、私に差し出してきたのだ。
ステラの思いを無駄にするのも嫌で、ちょうど目の前にあった鏡であわせてみたら、確かにそれは違和感無く私の首もとに治まった。
白を基調としたステラの服に対し、私はそれに対になるように黒の服だった。
ちょうどチョーカーに使われている石が、その服と合っていたのもポイントなのかもしれない。
結局、ネオから少ないながらも貰っていたお金でそれを購入してしまったのだ。

軍にいる限り、ピンク色の軍服を着ている為、あの時とはまた違った雰囲気になる。
それでも折角ステラが選んでくれたチョーカーだし、実を言うと私自身、気に入っていたりする。
私達の存在をよく知らない奴らに言わせれば、風紀が乱れるとか言われそうだが、元々第81独立起動軍に所属している私達に軍の風紀なんて関係ない。
よって、私はステラに選んでもらったこのチョーカーを、いつも着けているのだ。

、それ嫌いなの?」

控えめに声をかけてくるステラに、私は満面の笑みを浮かべて言葉を返す。

「ううん。私は気に入ってるよ。ただアホアウルには、このセンスが分からないみたいでね」

ちょっとアウルにあてつけるように言えば、アウルは悔しそうな顔をした。
実はアウルはステラの事がかなり気に入っている。
だから私がステラと仲良くしているのが気に入らないのではないかと、ささやかに思っている。
本当にガキだよね、アウルも。

「アウル、のチョーカー、嫌い?」
「別に、そんな事は言ってないだろ」

本当は好きなくせに、ちょっとそっけない態度をとるアウル。
まぁ、傍観者である私的には可愛いんだけど、たまには素直になればいいんだけどね。
そんな事を思いつつ、目の前に座るスティングに声を掛ける。

「なんか、平和だよね」
「平和?そうか?」
「うん、平和だよ」

周囲では戦争をしているけど、こうして4人でいる時は本当に平和だと思う。

「だってほら、2年前はこんな日が来るとは思っていなかったから」

2年前、私達はロドニアのラボにいた。
そこでは毎日訓練ばかりしていた。
シュミレーションとか、ナイフを使った対人戦、銃の使い方。
別にそれをする事に疑問はなかった。
それと同時に、こんな平和な毎日が私達に訪れるとは思っていなかった。

「あそこは皆が一杯いてよかったけど、今みたいに親密な関係じゃなかったでしょ?」
「そりゃな。自分以外は皆ライバルだからな」
「ライバルか」

そんな言葉で片付けられる関係ではなかったと思う。
でも、それ以外の言葉が見つからないのも事実だ。

「でもさ…」

私が言葉を続けようとした時だった。

『アウル・ニーダ、スティング・オークレー、ステラ・ルーシェ、。至急、第5会議室に集合して下さい』

突如、壁に埋まっているマイクから指令が入った。
私達の上官であるネオ自身からではなかったが、きっと会議室に行けば彼がいるだろう。

「ネオからだね」
「あぁ。ほら行くぞ。アウル、ステラ」
「うん」
「わかってるって」

前にスティングとアウル。
その後ろに私とステラが続き、第5会議室へと向う。
またお仕事の話だとは思うけど、今はそれも楽しいと思う。
2年前と違って、今は仲間がいるから。
本当に些細な事だけど、今の私にはそれだけで十分だった。



END





モドル