携帯電話
「シンってさ、落ち込んだ時、必ずその携帯電話を見てるよね」

寮の自室にいたにもかかわらず、アカデミーを同期で卒業し、現在同僚であるの声がした事に、シンは驚きを隠せなかった。
寮といえど、各個人のプライバシーは尊重され、各部屋には鍵を掛けられるようになっている。
勿論、シンもその鍵は常に掛けるようにしている。
だから自分が招き入れるか、もしくはルームメイトであるレイがドアを開けない限り、がこの部屋に入る事はできないはずなのだ。
それなのに自分の後ろには、さも当然というようにが立っており、シンは驚くと言うよりも半ば呆れ顔で口を開いた。

「どうやって入ったんだよ」

手にしていた携帯電話を静かに机の上に置き、シンはの事を見返した。
整備帰りなのだろう。
未だつなぎ姿のは、シンが使用している机に近づくと、無断でいすに腰掛けた。
その姿は、まるでがこの部屋の持ち主であるかのように、自然な動作だった。

「鍵の事?すねてるお子様を慰めに行くっていったら、レイが貸してくれたの」

"ほらね"というように、は右手に持っていたカードキーをシンに見せた。
レイがいとも簡単に他人に鍵を預けてしまう事に驚きつつも、そういえばいつも物静かなルームメイトはどこかに甘いところがあると、シンは過去の記憶を持ち出してそう結論付けた。

「で、今回はどうしたの?」

首を傾げ、自分の真紅の瞳に視線を合わせると、母親が子供に聞くような優しい声で聞いてきた。
同い年であるにも関わらず、時々自分よりも年上のような態度で接してくるのは、常の事だった。

「別に…」

から視線を外し、シンはぼそっと呟いた。
その言葉に、は肩をすくめた。

「何もなかったら、そんな顔してないでしょ?シンは素直だからね。顔に出やすいのよ」

その言葉は、どこか子供扱いされている気になり、シンの顔は更に不機嫌そうになった。
アカデミーで知り合って以来、が分析した心の性格上から、そうなる事はわかっていた。
それでも本人に言ってもらわないと意味が無いと、頑張って聞き出そうと思っただが、中々口を開こうとしないシンに、は思っていた"原因"を言う事にした。

「また先輩と衝突でもしたの?」

その言葉に、少しだけシンの肩が揺れた。

「そうだよ…」

が"また"というように、今までにも今回みたいな事はあった。
元々気の強いシンは、よく自分の意見を言っては先輩と衝突している。
の記憶する限り、既に両手がふさがる位は衝突しているだろう。

ZAFTは地球連合軍のように、細かな階級を設けてはいない。
それは自衛を目的に作られたからだろう。
艦長や隊長といった上司はいるが、それ以外は分け隔てをないようにしているのがZAFTの特徴でもあった。
しかしそれでも先輩は先輩であり、仕事をする上では敬意を払う対象となる。

「まぁ、シンの気持ちもわからないわけではないんだけどね」

自分に同意するの言葉に、シンはそらしていた視線を戻した。
そしての格好を見て、彼女の心情を察した。

アカデミーでは、男も女も関係無しに同じ授業を受ける。
それは男女を対等に扱っている為である。
しかし女性の整備士はあまりいない。
同期のルナマリアは自分と同じパイロット。
そして彼女の妹であるメイリンは、通信管制。
女であるルナマリアがパイロットを務めているのも凄いが、力と繊細さを必要とする整備の仕事をこなすの存在も凄いと、シンはささやかに思っていた。

先ほどの言葉から察するに、も苦労をしているのだろう。
周りの同僚は殆ど男で、その中で整備をするというのは決して容易い事ではない。
他の者なら出来る仕事が、男女の力差により出来ない事もあるだろう。
その時、他者から向けられる視線は決して居心地の良いものではない。
それは先輩であるパイロットに意見する、自分に向けられる視線と同じであろうとシンは理解した。

「大変なんだな、も」
「それはお互い様でしょ?」

苦笑して言うに、シンは静かに頷いた。
そんなシンの反応に満足したように、はにこっと笑みを浮かべた。

「分かったなら、そのしけた顔もどうにかしなよね」
「別にしけた顔なんかしてないだろ」

無意識なのか、再びぶすっとした顔をしたシンに、は苦笑した。
そして静かな声で、小さな申し出をした。

「ねぇ、シン。それ、ちょっと見せてくれない?」
「それって、これの事か?」

そういってシンは机の上に置いておいた携帯電話を手にした。
年頃の男の子が持つには不似合いなピンク色のそれは、今は亡き妹の形見だ。
その事はも当然知っている。
過去に何度か、聞かれた事があったからだ。
隠す事でもないとシンは素直に話をするが、その話を聞いた友人たちは、どこか暗い顔になって"辛い事聞いて、ごめん"と呟くのが常だった。
だから、妹−マユ−の携帯電話を貸してくれと言われた事に、シンが驚いたのは当然だった。

どうするべきかと悩み、シンはちらっとの顔に視線を移す。
手を差し出すわけでもなく、シンの出方を待っているの視線とぶつかり、シンはゆっくりと携帯電話を持った右手を前に出した。
はシンのその動きを見て、両手を差し出すと、シンから携帯電話を受け取った。
壊れ物を扱うように、大切に両手で包みこむと、は静かに口を開いた。

「ねぇ、シン。格好良い人って、どんな人か知ってる?」
「格好良い人?」
「そう、格好良い人」

なぜ、突然がそのような事を聞いてきたのか理解できず、シンは言葉を詰まらせた。
そんなシンに、は静かに言葉を続けた。

「私はね、自分の信念を突き通す事が出来る人だと、私は思うんだ」
「自分の信念を突き通す事…」
「そう」

小さく頷くとシンの手を取り、自分が手にしていた携帯電話をその上にそっと置いた。
ぎゅっと握るように手を添えると、はシンの顔をじっとみつめた。

「シンは、自分の信念を突き通そうとしたんでしょ?」
「あぁ…」
「なら、もっと胸を張りなよ。そんな顔をしてたら、ダサいよ」

そう言って、優しい笑みを浮かべた。

「妹さんに、格好良いところ見せてあげなよ。ねっ?」

のその一言で、なぜ彼女が妹の携帯電話を貸してと言ったのか、シンは理解した。
格好良いところを見せる。
それはつまりマユが常にシンの傍にいる事を示している。

どうして自分だけ生き残ったのだろうかと、自分を呪った事もあった。
その一方で、自分が生きている事で、家族は喜んでいるはずだと言われた。
それなのにこんな事でいじけて、過去の思い出にすがっている自分は格好悪い。
の言葉はすんなりとシンの体に浸透し、その言葉を素直に受け止めた。


「何?シン」
「サンキュウな」

そう礼を言ったシンの顔はどこかすっきりしていて、彼の中で何かが吹っ切れて事がわかった。

「どういたしまして」

にこっと笑うの笑顔につられるように、シンも笑みを浮かべた。
その顔には、少し前までの影は消えていた。

この日、シンは自分が少しだけ大人になれた気がした。



END





モドル