新型モビルスーツ |
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目の前にある在庫リストとパイロットから受け取ったリストを照らし合わせつつ、急いで必要な備品の取り寄せを行う。少し前までは、定期的に取り寄せていればよかった商品も、最近では"積極的自衛権"の発動の所為で、ひっきりなしになっている。 正直、仕事が忙しくなるというのは嫌なものだと思いつつ、私は小さくため息を吐いた。 「大きなため息なんて吐いて、どうしたんだ?」 「ハイネ…。お願いだから気配消して背後に立つの止めてくれる?心臓に悪いんだけど」 私の背後に立っているハイネ・ヴェステンフルスにそう訴えると、ハイネは整った顔に品のいい笑みを浮かべた。 「よく言うよ。気づいていたくせに」 そう言ってハイネは近くにある椅子を引き寄せて、私の脇に座った。 私が手にしているリストを覗き込むと、納得したように頷いた。 「MS技術スタッフも大変みたいだな」 「えぇ、おかげ様でね」 トントンと書類の束をそろえて机に置くと、私はすぐ脇にあるパソコンでとあるザクウォーリアの設計図を呼び出した。 停戦後にザフトで開発された新世代MS"ニューミレニアムシリーズ"。その記念すべき第1モデルが、このZGMF-1000【ザクウォーリア】だ。 様々な戦局面に対応する為に、装備や武装を追加・変更する事が出来る設計になっている次期主力兵器のはずなのだが、今画面に表示されているそれは、本来の目的から逸脱している。 「ねぇ、ハイネ。このラクス・クライン専用のピンクザクウォーリアって、作る意味あるの?正直、私には無駄な出費だと思うんだけど」 「まぁ、戦闘には使えないよな」 肩をすくめ、ハイネも私に同意を示した。 ラクス・クラインが慰問ライブで使用する為だけに作るように言われたピンクのザクウォーリア。 彼女を思わせるピンクのボディーに、派手な特殊マーキング。 力を認められた者だけが施す事を許されたパーソナル使用を、戦争とは無縁の世界で生活しているアイドルの為にするなんて、正直私は嫌だった。 確かに、先の戦いではナチュラルとコーディネーターの間に割って入り、停戦に結びつける努力をしたのは認める。でも今の彼女がしている事は慰問ではなく、逆に戦争を促している気がする。 そんな彼女の為に、私達が丹精込めて作ったザクウォーリアを提供するなんて、なんてバカらしい事だろうか。 正直、一体何の為に頑張っているか分からなくなる。 「私達って、何の為に働いているのかなぁ…」 思わず漏れた本音に、ハイネがすぐさま反応した。 「珍しいじゃないか。がそんな事を言うなんて」 「そりゃ、私にだって色々と言いたい事があるのよ。まだ若いからって先輩達に意見するのは、そう簡単な事じゃないしね」 いくら力重視のZAFTでも先輩はやはり先輩な訳で、意見をするにしてもそれなりの礼儀と言うのものが必要なのだ。まぁ、先輩がハイネみたいに気さくな性格ならいいんだけど、やはり私の倍ぐらい生きている先輩達にはそれなりの敬意を払わないとならない。 「そんな事いうなら、こっちに戻ってこいよ。お前なら、グフだって十分に扱えるだろ?」 "俺はいつでも大歓迎だぜ"と言って、ハイネは手を広げて私を歓迎するポーズをした。 私はそんな彼の態度に思わず笑ってしまった。 「ご生憎様。ハイネと組むのはアカデミー時代だけで十分よ」 「つれないな、も」 「だってそうでしょ?あんたのお陰で、どれだけ私が振り回された事か」 正直、思い出すだけでも恐ろしい。 人的無害な顔しておいて、やる事が大胆と言うか、無謀と言うか。 まぁ、それに乗っちゃう私も私だったんだけどね。 「そう言えば、私のイグちゃんは元気にしてる?」 「イグちゃん言うな。グフイグナイテッドだ」 「わかってるわよ。私が手がけたんだから」 ハイネは私の事をバカにしてるの? 誰が自分の作った愛機の名前を忘れますかって言うの。 「調子はどう?」 「あぁ、いいぞ。だけど最近、4連重突撃銃の反応が少し遅い気がするな。どうにかならないか?」 「OK。後で見ておくわ」 パソコンのキーを弄り、整備スタッフに回線を繋ぐ。 「こちら・です。特務隊フェイス所属、ハイネ・ヴェステンフルスの個人機"グフイグナイテッド"の点検依頼を受けましたので、移動をお願いします」 『移動先はB−5倉庫でよろしいですか?』 「いえ、別件もあるので、B−2倉庫でお願いします」 『了解しました』 回線を切ると、そのままグフイグナイテッドに使う備品のチェックもしておく。 足りないものがあったら、作業にならないからだ。 パソコンのモニターに視線を走らせていると、脇に座っていたハイネが立ち上がる気配を感じた。 「さっきの話、本気で受ける気ないか?」 「さっきのって、部署異動の事?」 「あぁ」 くるりと振り返ると、ハイネが真剣な顔で私の事を見ていた。 私はハイネの目をじっと見つめつつ、最も重要な事を聞き返した。 「それはMS技術スタッフとして?それともパイロットとして?」 「俺の希望としてはパイロットとしてだな」 ハイネの言葉を聞く前から、わかっていた事だった。 ヤキン・ドゥーエ戦後、私は前線から身を引いた。 元はエリートカラーである赤を捨て、MSの技術スタッフになる際、多くの者に反対された。 先の戦いで失った戦友達。それはZAFTの戦力に比例する。 その穴を埋める為、ZAFTは新人の育成にも余念がない。 勿論、再びナチュラル相手に戦う事になるとは思っていなかったが、所詮停戦条約は気休めにしかならない。きちんと終戦を宣言しない限り、ナチュラルとコーディネーターが互いを傷つけるのは止まらないと思っていた。 勿論、こんなに早くにそうなるとは思っていなかったけどね。 だから本当は私もパイロットとして皆を守るべきだったのかもしれない。 それはわかっているけど、でも…。 「ごめんね、ハイネ。その誘い、受ける事は出来ないや」 「どうしてだ?」 「だって、私は私の信じる道で皆を守りたいから」 前線で戦う事は大切な事だ。 でもコーディネーターだって万能ではない。 いくら身体的機能がよかろうと、それに追いつく技術が無いと身を守る事は出来ない。 その為に、モビルスーツがあるのだ。 いくら機能が上がろうと、戦場で100%助かる見込みは無いかもしれない。 それでも前線でパイロットとして戦うよりも、私には整備の仕事の方が大切な気がしたのだ。 「だから私はここを離れる事は出来ない」 少年のような瞳を見て言うと、ハイネは仕方ないなって顔で笑った。 「そうか、残念だな。またお前と組みたかったんだけどな」 「アカデミーの頃みたいに?」 「あぁ」 私もそうだよ。 声に出しては言えない思いを隠したまま、私は笑った。 「じゃあ俺もそろそろ戻るな」 「えぇ。イグちゃんの整備は任せて。前よりも数段良い動きにしてみせるから」 「楽しみにしてる」 悪巧みをした時のように、にやっと笑ったハイネを見送り、私は再びパソコンに向き直った。 ハイネを、皆を守る為に、私は私に出来る精一杯の仕事をしよう。 きっとそれが、私が仕事をする理由だから。 |
END |
■モドル■