英雄達 |
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英雄−それは知力や才能、または胆力、武勇などに特にすぐれていること。またはずばぬけた功績があり、尊敬される人。ヒーローを指す言葉だ。 前者であれば、遺伝子操作によって凡人より優れた力を持つコーディネーターは、英雄なのかもしれない。しかしそれはナチュラルの中にいる、少数のコーディネーターの場合に成り立つ事であり、コーディネーターで構成されるプラントでは例外と言えるだろう。 ならば、後者の意味を持つ者。それは一体誰なのだろうか。先の戦いで、プラントと地球軍の中立に立った第三勢力か。それともその戦いで、勲章を得た戦士たちであろうか。 少なくとも、物事を一方からみている自分達には、一生理解出来ない事だろう。なぜなら人は、自分が正しいと思い込むことで、明日を生きる事が出来るのだから。 決して狭くは無い部屋の中央に置かれたデスク。そこの上には、ほぼ24時間電源を入れっぱなしのコンピュータが稼動している。かなりの重労働だ。それでも壊れずにいるのは、このコンピュータが丈夫に出来ているからか。それとも現代の技術の賜物か。多分、両方であろう。 だが、いくらコンピュータが丈夫でも、それを利用している人間の方が問題で、本日何度目かの睡魔に襲われている。こういう時に限って、いつも気がきく部下が休みというのは辛い。 コーヒーでも飲んでこようかと思った時、予想外に部屋のドアが開いた。 「あぁ?」 ややマヌケだろうと思われる声を出しつつ、ドアの方を見てみてれば、同期の金銀コンビ−ディアッカとイザーク−が立っていた。 「相変わらず、女っ気のない場所だな。ここは」 挨拶も無しに、人の部屋に入ってきたかと思えば、ディアッカらしい言葉を言われた。脇にいるイザークは、それをさして気にするでもなく"勝手に座るぞ"と言って、デスク前にあるソファーに腰を下ろした。イザークの態度は、アカデミー時代から分かっていた事だから、俺はあえてディアッカに言葉を返した。 「ディアッカ、お前はそれしか言うことが無いのか?ここに美青年がいるだろう?」 「冗談。いくら綺麗でも野郎じゃ嬉しくないっしょ」 まぁ、ディアッカの言い分は一理ある。俺も綺麗な野郎と一緒にいても、そう楽しいものではないと思う。まぁ、それでイザークみたいにからかい甲斐があったり、面白いやつなら別だけどな。 「そんな事言ってるから、ハウちゃんに振られるんだぜ。ディアッカ」 「げっ、なんでが知ってんだよ」 「俺の情報網を舐めてもらっちゃ困るね」 してやったりと言う顔でディアッカに笑い返してやれば、ディアッカは後ろでソファーに座っているイザークに視線を移した。それでもイザークのヤツは、動じずに持参してきた本を読んでいる。 しばらくイザークを見つめていたディアッカだが、口では勝てない事を悟ったのか、悔しそうにこちら側を向いた。 「わるかったね。どうせ俺は、振られたよ。悪いか」 「別に悪いなんて言ってないぜ?」 「はいはい。そうだよな。お前はそう言うヤツだ」 すねた子供のようにだーっと言葉を言うと、ディアッカはイザークの反対側に腰を下ろした。ちらっとイザークが本からディアッカに視線を移したが、本人は気付いていないだろう。 イザークのやつ、実はディアッカの反応を見て楽しんでるな? 口に出して言うのは、さすがに俺も怖いから言わずに、俺はイザークの脇に腰を下ろした。そこでイザークのヤツも本を読むのを止めて、テーブルの上に本を置いた。 「で、今日はどうしたんだよ?」 「何がだ?」 「隊長さんがパートナーを連れて、直々にここまでお越しくださるなんて、何かあったとしか考えられないだろ?」 そう、イザークもディアッカも、そして俺も、アカデミーを卒業したばかりの頃とは違う。エリートの称号である、赤服はもう着ていない。イザークは隊を任されている隊長で、ディアッカは先の戦いで一時ザフトを抜けたから、自ら赤服を返上。今は一般兵が着る緑の軍服だ。それでも腕はイザークと同じくらいの隊長レベル。 かく言う俺も、デスクワークメインだが、数名の部下がいる。皆いいやつらで、仕事も出来て、俺は恵まれていると思う。 「別に仕事の事で来たわけじゃないって」 「なら、どうしたんだよ?」 「同期の同僚がどうしているのか。それを見に来ただけじゃ、お前は不満か?」 どちらかと言うと、そう言うイザークの方が不満そうな声を出しているが、それは指摘せずに、俺は首を横に振った。 「いや、そんな事ない。ありがとうな」 そう言えば、イザークはどこか満足そうに笑った。 「つうかさ、客人にコーヒーもないわけ?」 わざと憎まれ口を叩くディアッカに、俺は席を立った。客がわざわざお茶を請求するものじゃないだろうと思いつつも、実際に俺自身もコーヒーが飲みたかったわけで、俺は3人分のコーヒーを持ってくる事にしたのだ。 「客人って言うくらいなら、今度は菓子折りでも持って来いよ」 「考えとく」 真面目なイザークの事だから、きっと次にここを訪れる時は美味しいお菓子を持ってくるだろうと思いつつ、俺は一旦部屋を出た。 3人分のコーヒーと、お茶請けとしてチョコレートを持って部屋に戻ると、そこには自分の部屋のように寛ぐディアッカと、自分の世界に入っているイザークの姿があった。 俺は静かにコーヒーを出し、再びイザークの脇に腰を下ろした。 「どうぞ、客人方」 わざとらしく言えば、イザークとディアッカは軽く頭を下げ、コーヒーを飲み始めた。俺は先にチョコレートに手を伸ばし、口の中に放り込んだ。ハーブのスーッとした香りが口内に広がり、独特の味をかもしだす。 「ミントチョコか?」 「あぁ」 「ラスティのヤツが好きだったな」 イザークは懐かしそうに言うと、自分も一つチョコレートに手を伸ばし、口に運んだ。 「あいつも変なやつだったよな」 チョコレートを見ながら、ディアッカが呟く。俺はそれらに、ただ頷き返すだけだった。 ラスティ・マッケンジー。俺らと同期で、イザークやディアッカ同様にクルーゼ隊に配属され、ヘリオポリス侵入の際に戦死した。隊は別だったが、俺とラスティのヤツはアカデミー時代からの悪友で、よくつるんでいた。夕焼けを連想させるオレンジの髪がまぶしくて、甘いものが嫌いとかいいつつ、ミントチョコだけは平気なヤツだった。 「俺さ、あいつがからかわれながらミントチョコ食べる姿見るの、嫌いじゃなかったんだぜ」 「俺もだ」 地球軍と戦争を起こしている中、俺達は俺達の小さな幸せがあった。平和ボケなのかもしれないけど、実際はガキだった俺達には、それにすがる事で戦争を忘れる事が出来たのだと思う。 「何が英雄だよな」 「誰かに言われたのか?」 「いや、そうじゃないけどさ」 ただ、停戦条約が結ばれた後、プラントの英雄という言葉を何度か聞いた。それは勝利を収めた隊長であったり、時には自分でもあった。当時の俺は、それが嬉しかった。 しかし、停戦条約が結ばれ、平和になった世界ではどうだろうか?俺のこの地位も、誰かの死の上になりたっている。それを英雄と言うのであれば、勘違いもいいところだ。 「」 「何?イザーク」 手にしていたカップをテーブルの上に置き、脇のイザークに視線を移す。イザークは俺と視線を合わせるわけでもなく、ただコーヒーを口に運んでいた。 「お前が何に負い目を感じているのか、俺には関係ない」 「そりゃ、そうだよな。これは俺の問題だし」 別に、この気持ちを他者に分かってもらいたいと思ったわけじゃない。そんなのは傷の舐めあいだし、皆、心に深い傷を負っている。俺だって、それくらいは理解しているつもりだ。 そう思っていると、イザークは"だがな…"と言葉を続けた。 「だがな、それでもお前に救われたやつもいる」 「例えば、俺達とかな」 にやっと笑ってディアッカが言う。 「ったく、お前ら最高」 「そりゃ、そうっしょ」 「気付いてないのは、お前だけだ、」 さも当然のように、その言葉を受け止める2人に、俺は笑いが止まらなかった。 例えば、過去は返らなくて、それでも後悔している事がある。自分には不似合いな言葉だと、蔑んできた言葉がある。でもそれに固執しているのは自分だけで、実はそんなの気にしないで良い事というのが、この世の中には沢山ある。 俺は今日、それに1つ気付けた気がする。 再びチョコレートを口に運び、苦いコーヒーと混ぜ合わし、俺は本当に恵まれているのだと再認識した。最高の仲間という、逸材に囲まれている事を。 |
END |
■モドル■