理由 |
---|
どれくらいの時間が経っただろうか? ふと時計に視線を移し、あれから2時間弱経った事に気づき、よく自分の集中力が持ったものだと、関心してしまった。 パソコンに向かい始めて2時間弱。 その間、同じ室内にいるレイと必要最低限の会話だけを交わし、作業に没頭するなど、私の人生の中で始めての事かもしれない。 長時間同じ姿勢をしていて固まった筋肉をほぐすべく、両手を天に上げて背伸びをすると、背中越しにその気配を察したのか、レイが作業する手を止めてこちらに振り返った。 「つき合わせてしまって悪いな」 「いや、私がドジしたのが原因だから、レイが謝る事はないよ。むしろ、私の方が仕事増やしてごめんね」 今思えば、よくもあのような事が出来たものだと思う。 今日、私とレイの2人は手渡された資料を元に、過去のデータを整理していた。 作業は4時間ほどで8割方終わっていた。 終わりの目処が立ったところで、休憩を取ろうとレイに提案したのは私だ。 2人分のコーヒーを入れ、レイに手渡そうと思ったとき、不幸が起こった。 何かに躓き、転びそうになってしまったのだ。 なんとか体勢は立て直したので転ぶ事はなかったが、その代償としてレイが使っていたOSにコーヒーをこぼしてしまった。 そして私が躓いた物というのが、運悪くもレイが使っていたOSに接続されていたコードで、気づいた時にはレイが使っていたOSの画面は真っ黒になっていた。 奇跡的にOS自体は故障もなく、なんとか大丈夫だったのだが、この4時間をかけて終わらせたデータの殆どが消えてしまっていたのだ。 なんとか修復できないものかと考えたが、それも無理な事がわかり、地道にデータを書き直す事になったのだ。 「そう言えばさ、レイは自分の存在理由って考えた事ある?」 視線は目の前の画面のまま、同じく後ろで作業をしているレイに問いかける。 レイは私の質問の意図を考える為、少しだけ間を置いてから言葉を返してきた。 「なぜ自分がこの世にいるかという事か?」 「うん、それ」 カタンとエンターキーを叩き、くるりとレイに向き直った。 「私さ、時々だけど考えるんだ。こういう失敗した時とか、落ち込んだ時とか」 「はそんなに失敗をしているのか?」 「まぁ、問題の大きい小さいはあるけど、結構やるかな。ほら、どこか抜けてるからさ」 「お前が抜けていたら、シンやルナマリアはどうする」 私の事を気遣ってか、同期の名前を挙げてきたレイに思わず笑った。 二人には悪いが、あの二人もどこか抜けている点があると思うのは事実だ。 きっと目の前の事が大きすぎて、周囲をゆっくりと見渡す事ができなくなるのだろう。 勿論、それは私にも言える事ではある。 「そんな事言っていいの、レイ。二人にバレたら怒られるよ」 「お前が話さなければ、バレないだろう?」 私の顔を見て、にやっと笑うレイに、案外黒いのかもと内心思ってしまった。 まぁ、確かにその通りだけどね。 「そうだね。で、話を元に戻すけど、よく理由探しをするの。存在理由とかどうして、自分がここにいるんだろうとか」 ZAFTに入った時、失敗した時、いつも考えていた。 自分は平和な世界を、皆を守りたいだけなのに、自分に出来る事は本当に僅かしかなくて、それがとてももどかしかった。 「と言っても、あまり難しい事を考えるのって苦手だから、すぐに止めちゃうんだけどね」 「考える事は悪い事ではないと思うぞ」 「うん、それはわかってる。でもさ、それで逆に落ち込むのも辛くない?」 今の場合だったら、どうしてコードに躓いてしまったのだろうと凹むし、もうすぐ終るはずだったレイの仕事を更に増やしてしまった事にも凹む。 レイは優しいから、決して感情的に怒るような事はしない。 どうせなら、がんと一発怒られて、仕事を全て私に任せてくれればよかったのにと思う。 勿論、レイはそんな事をするようなやつじゃないから、黙々と作業をしてるけどね。 「ようは物の考え方だな」 「考え方?」 首を捻る私に、レイは静かに言葉を続けた。 「例えばここに、水が半分入ったグラスがある。お前はそれを見て、どう思う?」 真面目な顔で突拍子もない事を言い出したレイに、私も真剣に考えて言葉を返す。 「実際にグラスはないから何ともいえないけど、その時の状況によって違うんじゃないかな」 「と言うと?」 「例えば、大量のお水が必要な時には少ないって感じるだろうし、逆に砂漠みたいな水がないところでは、それがとても貴重だよね」 プラントにはないけど、雨季なんかは水が有り余るほど降ると聞くし、その場合は逆にその水はちっぽけな存在と言えるだろう。 でもその水で何が出来るかって考えた時、それなりに利用法もあると思う。 「あぁ、そうだな」 「だから一概にこれとは言えないかな」 その状況によって、人は物の考え方を変える。 ちょっと自分勝手な考えかもしれないけど、それってとても大切な事だとも思う。 そう結論付けた私に対し、レイは満足そうに頷いた。 「つまりそういう事だ」 「えっ?何が」 一人自己完結して、くるりとOSに向き直ってしまったレイに言葉を掛けるが、レイはそれに答える気はないらしく、そのままカタカタとキーボードを弾いている。 私も仕方なく、自分のOSに向き直ると、作業を再開した。 しかしその作業中、ずっとレイが言いたかった事を考えていた。 「終った…」 完成したファイルを保存して、肩の荷が下りたのを感じた。 結局、修正作業前の時間も合わせると、9時間も作業していた事になる。 作業の傍ら、簡単に食事は摘んだものの、かなりの労力を使い果たし、私はそのままテーブルにつっぷした。 しばらくして、ぽんと方を叩かれた。 顔を上げてみれば、レイの顔が映った。 「こっちの作業も終った。後はデータを提出するだけだ」 指で自分のOSを指して、レイが言う。 確かにレイのOS画面にも、綺麗にまとめられたデータが映っている。 私は疲れの溜まっている体を起こし、立ち上がった。 「・、レイ・ザ・バレル、任務終了!お疲れ、レイ」 両手をレイの前に差し出すと、レイも私に合わせてパチンと音を鳴らした。 「やっと終ったね。あー、目がしばしばする」 「ずっと画面を見ていたからな、当然だ」 「だよね」 かなりの疲労感を感じているものの、それと共に充実した達成感があり、どこかすがすがしい気持ちもあった。 「、悪いが提出用にデータをまとめてくれ。俺は飲み物を貰ってくるから」 「オッケー」 レイの指示通り、データをまとめる作業をする為、再びOS前に座る。 「飲み物は何がいい?」 「甘ーいカフェオレがいいな」 「了解した」 部屋を出て行こうとするレイを咄嗟に呼び止め、私はにやりと笑った。 「足元、気をつけてね」 「あぁ、そうだな」 苦笑して答えると、レイは静かに部屋を出て行った。 「さーて、あと少しだし頑張りますか!」 自分に喝を入れ、再び作業を始めようとした時、さっきレイが言いたかった事がなんとなく分かった気がした。 ゼロから始めるのは多いと感じるけど、ゴールが見えるとあと少しと感じる。それは私達の存在にも言える事で、失敗をした時は"なぜ"と思うけど、成功を収めた時は"やった!"と思う。 つまり状況によって、自分の存在への意義を見出す事が出来る。 だから考え方次第で、自分という存在も変わる。 理由なんていうのは、状況によって180度変化する。 それも当然の事なのかもしれない。 「なんだ、レイはこれがいいたかったんだ」 やっとレイが言いたかった事を理解し、今まで霧がかかっていた頭がすっきりした。 どこか遠回りだけど、レイはいつもこうしてアドバイスをくれる。 本当にいいやつだよね、レイって。 「よし!今度お礼に何か奢ってあげよう」 そう結論付けると、私は最終作業を始めたのだった。 |
END |
■モドル■