「あれ?待ち合わせ、ここでしたか?」
自分はと待ち合わせをしていた湖に向かっていたはずなのに、待ち合わせをしていたが何故か森の入り口に立っていたので、ハヤテは自分が聞き間違ったのかと思ってしまった。
「違うけど、なんとなくね」
いつもの様に無邪気に笑っているが、声だけは妙にぴりっとしていて、ハヤテは状況を察知した。

二人…。いや、三人ですか…。

目で合図を送ると、軽く頷いた。
二人はわざと他愛の無い世間話をしながら、森の中に入って行った。

1週間前、二人は三代目火影に呼び出され、直々に命を受けた。
『最近、どこの里の忍びか分らぬが、木ノ葉に伝わる禁術の巻き物を狙い、里に潜入しているようなのじゃ。その者達を即刻捕えてほしい』

敵の忍者達は、段々と間合いを詰めて来る。ハヤテとはこくりと頷き、脱兎の如く別方向の林に走った。
それに気付いた敵は、2対1に分かれ、二人の者はハヤテを、一人の者はを追った。









息を殺し、気配を消し敵が現るのを待つ。
後方の気配より、自分の追っ手が二人だと言う事が窺い知れる。

これは、少し策を作った方が良さそうですね。

そう判断すると、ハヤテは風の如く動いた。木から木に飛び移り、チャクラを利用した糸でクナイを設置する。
地に戻ると素早く印を結び、自分は木の葉隠れをする。

足音が近付いてくる。ハヤテの予測通り、敵の忍びは先ほどハヤテが印を結んだ所で立ち止まった。
「おい、俺等が追ってるやつかなり間抜けだぜ」
くくっと、バカにした様に笑うと隣の奴もこくりと頷く。
「あぁ、俺等も大分、舐められたものだな」
そう言うと、シュッと棒状の菱形手裏剣を木の幹に投げた。
手裏剣は幹に当たり、手裏剣の刺さった所の模様がぐにゃっと歪んだ。そして人が地に転がった。
ところが男達が近付こうとすると、地に転がった人はぽんっと音を立てて煙になった。
「分身の術!?」
男達は、すぐに周りを見渡し警戒した。突如、空からクナイが降ってきた。
「上かっ!」
ハヤテが上にいると思った男達は、ばっと上を見上げた。
その時だ、目が眩むほどの光が男達を照らした。
「日遁の術かっ?」※1
急いで目を覆うが、一歩遅く、男の片方は腹部に鈍い痛みを感じた。
「ぐっ…」
何とか持ち堪えたもの、ハヤテの第二打が身体を襲う。片足の腱を断たれ、男は地に膝を立てた。
ハヤテは素早く急所を突き、男は地に完全に倒れた。

「くそっ」
もう片方の男は素早く間合いをとり、鎖鎌を持ち出した。

シュンッ シュンッ

鎖鎌を回す独特の音が響く。ハヤテも忍び刀を構える。

シュ―――――

鎖鎌の鎌の部分が投げられ、ハヤテの腕に巻きつく。
運悪く刀を持った手に巻きついた為、持ち手を変えようとしたら敵のクナイが刀を弾いた。
今だと言わんばかりに、男は目にも止まらぬ速さで印を結んだ。
「『水遁 水龍弾の術』」
巨大な水柱がハヤテを襲うが、ハヤテはさっとそれを避けて、1本の扇を取り出す。
「そんな扇子1つで何が出来ると言うのだ!!」
男は再び印を結ぼうと、手を構えた、その時だ。ハヤテは7寸ほどの扇子を広げ、舞を踊るかのごとく扇いだ。
「霞扇子の術」※2
次の瞬間、男の視界が歪む。地が揺れている様で、男は膝をついた。
そして強い痛みが体を襲うと、そのまま意識を手放した。

「古い手だからと言って、甘く見るものではありませんよ」
10尺程遠くにある刀を拾い、鞘に戻しながら、地に転がる忍びを見下ろして言った。
すると猛スピードで、こちらに近付いてくる気配が2つ。
「丁度でしたね」
ハヤテの目の前に姿を現したアンコとゲンマを見上げた。
「骨法術(※3)をしてありますから、起きれば話は聞けますよ」
「こいつ等が霧隠れの忍び?あんたが出る幕でもなかったみたいね」
仲良く川の字で並んでいる忍びを足でつつき、アンコは言う。
はどうした?」
姿の見えないの行方をゲンマは問う。
「先ほど、二手に分かれたので…。もうそろそろあちらも決着がついている頃だと思いますが」
と言って、が消えて行った方に視線を移す。

「いやぁぁっ―――――」
森の奥から聞こえてきたあきらかに獣とは違う声。それは間違い無くの物だった。
三人は言葉を交わす事無く、すぐさま行動した。




三人がついた時、と対戦してたであろう忍者の姿はすでになかった。
あるのは苦しそうに地に座りこんでいるの姿だけだった。
「どうした、!」
すぐさま声をかけるアンコ。はアンコの顔を確認するが声が出ない。
首元を手で押さえながら顔を歪めるだけのを見て、ハヤテは刹那に状況を悟った。
「ここは私に任せて、ゲンマとアンコさんは逃げた忍者を追ってください!」
普段、感情をあまり声に出さないハヤテが、妙に切羽詰った声で言う。しかしアンコは少し躊躇した。
「アンコ…」
先ほどまで声も出なかったが、苦しそうながらも声を絞り出した。
「私は、ハヤテがいるから…だから行って。任務の最中だよ」
そう言っていつもの様に誰にでも好かれる笑顔を作った。
それは無理をしていると言うのが、一目で分る物であったが、アンコは“わかった”と言うと、ゲンマと共に忍者を追った。

「呪印が痛むんですね」
の答えを待たず、ハヤテはモスグリーンの上着のボタンを外した。この間見たときよりも深く、濃くなっている。
はこくりと頷き、口を開く。
「相手に…攻撃をしようとしたら……急にずきんって…。この間とは、比にならないくらい…」
はぁはぁと息がどんどん浅くなっていく。術が発動している事がわかる。しかし、ハヤテは術を止める術がない事に、自分の無力さになんともやりきれない表情をした。出来る事は、を力一杯抱きしめてやる事だけ・・・。

―アンコさんにあんな啖呵を切ったのに…。

「ハヤ…テ…」
「なんですか?」
声も小さくなってきている。ハヤテはの声を聞き取るために、顔を寄せる。
「あの…さ、お願い…聞いてくれる?」
「お願いならいつでも聞きますから、頑張って下さい」
自分でそれが無理だと言う事が分っているのに、そう言う事しか言えない自分に涙が零れそうになる。
「今じゃないと…、意味…無いから」
そっとハヤテの頬に手を伸ばし、ニッコリ微笑む。
「いつか…、鬼の事話してくれた…よね…?」
そう言われ、この森の湖でに話した事を思い出す。
「あれが…、どうかしましたか?」
「あれ…素敵だよね…」
あの時も、は同じ事を言っていた。あの時は、らしいと言って笑ったのが懐かしく思える。
「…そうですね」

「私も…あんな風に…」
「あんな風に?」

?次はなんですか?」
次の言葉を待っても、が再び口を開く事は無かった。
!!」
死んでいる事はわかっているのに、無駄な行為だと分っているのに、ハヤテは幾度もの名を呼び続けた。









アンコとゲンマが戻ってきた時、ハヤテは二人見を上げてぼそっと呟いた。

の血を…全て下さい」

忍の心得第25項
忍はどのような状況においても、感情を表に出すべからず。任務を第一と士何事にも涙を見せぬ心を持つべし。

アカデミー時代に覚えた忍びの心得。

大切な人が死んだと言うのに、どうしてこんな小さな事も破れないのだろう…。
流れない涙が、どうしても恨めしかった。









「お久しぶりですね」
そう言ってハヤテは、手に持っていた延齢草を石碑の脇に添えた。


のちに分った事だが、の体を調べた暗部の者が言うに、家の呪いは、今まで水影に危害を加える時に発動すると考えられていたが、実は霧隠れの里の忍者に対しても同等に発動する物だったらしい。
もしそれが初めからわかっていたら、はこの任務から外されていたのかもしれない。

の血は、ハヤテの申し出通り、全てハヤテの物となった。
ハヤテは自分の体に、の血を取り込んだのだ。その所為か分らないが、血を輸血するようになってから、ハヤテは何でもないのに咳をするようになった。きっと家の血を異物とみなし、ハヤテの体が受け付けないのであろう。
しかし咳をする以外は、特に目立った変化もないので、ハヤテは輸血を続けた。
半年程で、の血は全てハヤテの体に取り込まれた。
そしてあれから3年の月日が経ったが、今だハヤテの咳が止まる様子は無い。




じっと石碑を眺めていると、後ろから黒い猫が、ぴょこっと現れた。
「葵…。あなたも御主人の御墓参りですか?」
そうだと言うように、にゃーと鳴く。ハヤテが猫のノドをなでると、ゴロゴロと鳴る。
が亡くなり、飼い主がいなくなった葵を、ハヤテはひきっとって育てている。
あの時はの肩に乗るサイズだった猫も、3年も経つとかなり大きくなっている。

あなたは、私より先にに会いに行ってしまうんでしょうね…。

猫と人間の寿命の違いを恨めしく思ってしまうのも、少しお門違いだと思い、ハヤテは一人苦笑する。

人は可笑しいと言うかもしれませんけど、私は結構この咳が気に入っているんですよ。
何故なら、私が咳をすると言う事は、あなたの血が今だ私の体内に流れている事を意味しているんですから・・・。
私の血と交わる事無く、あなたが私の中で生きている…。
それだけで、私は嬉しいんです。またあなたに笑われてしまいそうですが…。

ハヤテは立ち上がり、石碑をじっと眺めた。

私と貴女の関係は、友人と言う言葉では足りなく、恋人と言うほど、甘い物ではありませんでした。
でも…、1度でいいから貴女の名前を言っておくべきでした…。
大切な貴女の名前を…。
今では、もう遅いかもしれませんが。

「葵、行きますよ」

ちりんっと鳴った鈴の音が、愛しいあの人の笑い声のように聞こえ、少し切なかった。










本文中に出て来る忍術について……

※1 日遁の術   昼間、晴天下で太陽の光を利用して敵を眩ます遁法。
※2 霞扇子の術  扇子の紙の表裏を張り合わせる時、その間に目潰しの粉を入れ
             先端を張らないでおく。敵に仰ぎつけてきりきり舞をさせる。
             (今回のはオリジナルで、幻覚剤を入れてあったと言う事で…)
※3 骨法術     虎倒流骨法術というのは、5本の指を自由に使って行なうのが特徴。
             体の変化と共に打つ。
             または敵の急所を打って失神、昏倒(こんどう)させる。蘇生させる技も含む。

新人物往来社『忍びの者132人データファイル』より引用


ハヤテさんの持っている花―延齢草ですが、別名たちあおいと言い、花より葉を見るって感じです。
根を干した物が健胃剤に用いられ、強壮効果があり寿命を延ばす、と言う所から名がついたとも言われている花を、死んだ人に具えると言うのはちょっと皮肉っぽいですね。
前半の最後の場面と後半の最後だけが現在で、それ以外は全て過去のお話です。
ハヤテさんが前半の後半だけ咳をしているので、気がついた方もいるかもしれませんが、一応補足までに。





モドル