お子様とオレンジジュース
訓練終了後の水分摂取、それは僕達にとって欠かせないものだった。
だって、そうだろ?いくら薬でテンションを高めたって、失われた水分まで補われるはずなんてないだからさ。
僕の場合は、このオレンジジュースが定番。
グラスに並々と注がれたオレンジジュースに、口をつけようとした時だった。

「ストーップ!」

突如乱入してきたの言葉に、僕たちは動きを止めた。
僕達の体調管理と監視役を任されているだけど、僕達が訓練を受けている間は、いつも外の仕事をしているらしく、待合室にいることは無い。
それなのに、なぜか今日に限ってはここにいて、僕達3人を見比べると、にこっと僕の顔を見て笑った。

「クロト、ちょっとごめんね」

そう言うと、は僕の手にしていたオレンジジュースが入ったグラスを奪った。

「えっ?」

声を上げたのは僕だけだったけど、オルガやシャニも、の突然の行動に唖然とした様だった。そして僕たち3人が唖然としている間に、はそそくさと部屋を出て、どこかに行ってしまった。
僕は何もつかむ事の出来ない手を、振るわせる事しか出来なかった。





にオレンジジュースを取り上げられた僕は、仕方なくオルガから紅茶を分けてもらった。
別に紅茶が嫌いなわけじゃない。
ストレートのアイスティーなら、ガムシロ2個とミルクを入れれば飲める。
だけど、僕はオレンジジュースが飲みたかったんだ。
いつもなら買い置きがあるのに、ちょうど今日の夕方が配給日であれが最後だった。
しかも僕のオレンジジュースを奪い去ったは、未だ行方不明中。
ちょっと不機嫌な僕は、お気に入りのゲームをやっているのにさっきから簡単なミスを連発し、画面にはGAME OVERの文字が映し出されている。

「ちぇっ」

ゲーム機を壊れないようにシャニが寝ているソファーに投げつけた。
ちょうど背中にゲーム機が当たったシャニはアイマスクを少しずらして、自分の背に当たった物を確認している。
そしてゲーム機を掴むと、僕に向って乱暴に投げてきた。

「シャニ!壊れたらどうすんだよ!」

幸い、優れた反射神経によって見事に受け止めたから良いものの、これが壊れたらかなり困る。
いくら配給があったとして、それまでの間の暇つぶしがなくなってしまうからだ。
文句を言いたいのはこっちなのに、僕より不機嫌な顔でシャニが僕の事を睨んできた。

「機嫌が悪いなら、俺に当たらずオルガにしろ」

シャニのいきなりの発言に、読書に集中していたオルガも顔を上げる。

「俺ならいいいのかよ!」

オルガの意見はもっともだと思ったけど、別にシャニに当たったつもりはない。

「別に八つ当たりなんてしてないだろ」
「してる。こっちはいい迷惑だ。それに文句があるんだら、本人に言え」

間髪を入れずに言い返してくるシャニに、僕も負けじと言い返した。

「そのがいないんだから仕方ないだろ!?」

例え、オレンジジュースの件をに言うにしても、当の本人がいないんじゃ話しにならない。僕だって、この場にがいるのなら、この不満を言ってるさ。
いくら、いつも僕らに優しいとは言え、食べ物(実際は飲み物だけど)の恨みは恐ろしいんだからね。僕だって言う時はいうさ。
それなのに、この目の前にいる緑頭はそんな事もを分からないらしい。
はぁーとため息をつくと、いきなりドアが開いて、この場に不似合いなほど明るい声がした。

「お待たせー。3時のおやつ出来たよ」

場の空気が読めないのか、その空気に圧倒されるわけでもなく、はにこにこと機嫌よさそうに笑っている。
そりゃ、僕のオレンジジュースを奪ったんだから、機嫌だって良いだろうさ。
誰も言葉を発さず、妙に嫌な空気が流れたが、それを破るようにぼそっとシャニが呟いた。

「いるじゃん。目の前に」

シャニにそう指摘されたが、そんなの言われなくたって分かってる。
僕は1度シャニを睨みつけ、そのままに視線を移した。

、僕に何か言う事ない?」

の目の前に立って言えば、は少しバツの悪そうな顔をした。

「オレンジジュースの事、だよね?」
「うん」
「もしかしなくても、怒ってるよね?」
「うん」

まくし立てるように文句を言うわけでもなく、無視もせずに相槌だけする僕に、は頭を下げた。

「ごめん!クロトのオレンジジュース取っちゃって」
さ、僕がいつも訓練後にオレンジジュースを飲むの、知ってるよね?」
「うん」
「あれさ、最後の一杯だったんだよね」
「嘘…。ごめん、知らなかった」

まぁの性格からして、わざと狙ってやったわけじゃないのは分かっていた。
それでも僕のこの不満は消えなくて、僕は見るからに機嫌悪そうに答えた。

「あーぁ、オレンジジュース飲みたかったなぁー」
「だからごめんって言ってるじゃない、クロト。機嫌直してよ」
「嫌だね」

何度も言うようだけど、食べ物の恨みは恐ろしいんだ!
僕がから視線をずらして頬を膨らませていると、は小さくため息をついた。

「じゃあ、なんでオレンジジュースが必要だったか教えるから、ちょっと付いて来て」

そう言うと、はきびすを返して廊下に向った。
僕とオルガとシャニはそんなの後について歩いた。





いくつかの角を曲がり、階段を上ったりして連れてこられた先は、の部屋だった。
はポケットから取り出した鍵をスラッシュさせ、パスワードを入力して、ドアを開いた。
そしては僕達を部屋に招きいれ、肩を竦めた。

「実は、これを作るのに必要だったのよ。オレンジジュースがさ」

と言って、テーブルの上に置かれたお皿を指差した。
白い皿の上に乗せられているのはバナナかな?
オレンジ色のソースがかかっていて、ちょっと甘くていい香りが周囲に漂っている。
そう言えばが部屋に来た時も、3時のおやつがどうとか言ってたっけ。

「これって、フランベか?」

バナナだと言う事はわかったけど、これが何か分からない僕に対して具体的にそれの名前を言うオルガ。さすが本の虫。変なところで知識が役に立つね。

「そう。食堂のおばさんがバナナを分けてくれてね。始めにバターでグラニュー糖をまぶしたバナナを炒めて、ブランデーでフランベ。それからオレンジジュースを煮詰めてソースにするんだ」

の趣味は料理だ。
だからの部屋は、こうやって簡単な料理が出来るようにキッチンスペース付きの部屋になっている。
今までにも何度かの作った料理を食べた事はあるけど、中々美味しかった。
それは認める。だけど…。

「だからって、僕のジュースを取る事ないだろう」

大体、オレンジジュースが欲しいなら食堂へ行けばいいじゃないか。
そう思っていると、が申し訳なさそうな顔で言った。

「なんか納品が遅れているらしくて、食堂にオレンジジュースが入るのは明日の午後らしいのよ。それでクロトに分けてもらうと思ったの。ごめんね、知らなかったのよ。まさかクロトのキープしていたオレンジジュースもこれが最後だなんて」

本当に申し訳なさそうにいうに、僕は許してあげる事にした。

「わかった、オレンジジュースの事は許してあげる」

そう言うと、が顔を上げて僕の顔を覗き込むように見た。

「本当に?」
「うん。その代わり、これ食べて良いんでしょ?」

そう言って机の上にあるバナナのフランベを指差せば、はにっこりと笑った。

「勿論。クロトには私の分のフランベもあげるね」

別に食べ物につられた訳じゃないけど、それならオレンジジュースの件はチャラにしてもいいかな。
そう思いつつ僕が椅子に座ると、オルガとシャニも座った。

「じゃあ、いただきます」

食べやすい大きさにバナナを切り、口へと運ぶ。
甘い香りがしていたはずなのに、オレンジジュースの酸味が口いっぱいに広がって、そんな甘くは感じなかった。

「どう?味の方は?」

不安そうに聞いてくるに、僕達は一言ずつ感想を言った。

「結構、いけるよ」
「あぁ、中々な」
「美味いと思う…」

本当に一言だけなのに、は凄く嬉しそうに笑った。
他の2人より多い量を食べていい僕は、もくもくとバナナを口に運ぶが、ふとシャニの手が止まっている事に気が付いた。

「シャニ、食わねぇのか?」

気にかかるのかオルガがそう質問すると、シャニは首を横にふった。
どうやら食べる気はあるようだが、何か気にかかる事でもあるのだろう。

「ねぇ、

案の定、シャニがに声を掛けた。

「何?シャニ」
「これのソースにオレンジジュースを使ったって言ったよね」
「えぇ、そうよ」

どこからどう見てもオレンジ色のソースを見て、当たり前な発言をするシャニ。
とうとうイカレタのかと僕は思っていたのだが、次の瞬間、いつものシャニからは想像できないほど、鋭い発言をした。

「でもさ、これに全部オレンジジュースを使ったわけじゃないよね?」

確かに、言われてみればそうだ。
僕が飲もうとしていたオレンジジュースはグラス一杯分。
いくら、このバナナのフランベに使ったとしても、全部使ったらバナナがぐしゃぐしゃになってしまう。
じゃあ、残ったはずのオレンジジュースの行方は?

「ねぇ、。残ったオレンジジュースはどうしたの?」

にっこりと笑みを浮かべて聞けば、は視線を泳がせた。

「それは…」
「ねぇ、どうしたの?」

もう1度聞き返せば、は冷や汗をかきながら、にこっと笑い返してきた。

「ごめん、飲んじゃった」

折角、フランベを食べて気分が良くなってきたというのに…。

のヴァーカ!」

その後、どんなに話しかけられても、僕は3日間の事を無視した。
でも逆ににキレられて、さらにそれから2日間に相手にしてもらえなかった。
食べ物の恨みは怖いけど、の方がもっと怖かったと思う。



END





モドル