St.Valentine騒動 |
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私の名前は・。地球連合軍に籍を置く軍人で、階級は少尉。 現在私が任されている任務は、生体CPUと呼ばれる少年達の世話と監視。 内容はいたって単純だけど、始めの頃は冗談じゃないと思っていた。 なぜなら、この計画は軍のトップシークレットに分類されるもので、なぜ私がこの任を任されらたのか分からなかったからだ。 その謎は未だに解けずにいるけど、この仕事が嫌いなわけではない。 私の世話をしている少年達−オルガ・サブナック、クロト・ブエル・シャニアンドラス−は、一言で言えばお子様だ。 凄くくだらない事で、いつも喧嘩をする。自分以外のものが、特別に扱われるとすぐにいじける。食べ物に対する執着心が強いなどetcetc。 もし、私が子供を育てるとしたら、彼らのような性格にならないように躾をしているだろう。 目下の問題は結婚相手がいない事だけど、それは今は置いておこう。 ようは、今の任務が結構気に入っている事。 ただしそれは、今、私が置かれている状態を除けばだが…。 「クロト、シャニ!出て来なさい!!」 目の前にある金属で出来たドアをいくら叩いても、中からの返事は5分前から全く変化が無い。 「僕らは出ないからね」 「、うざーい」 そうやって、先ほどからクロトとシャニは悪態をついてきている。 彼らと知り合ってから、それなりに時間も経ったし、2人の我が侭にはなれたつもりでいたが、それもどうやら私の勘違いだったようだ。 今までも我が侭なんて、可愛いものだったのかもしれない。 しかし、これで落ち込んでいるようでは彼らのお世話係なんて勤まらないのだ。 「私はうざくない!いい加減にしないと、本気で怒るからね」 そうは言うものの、実際に部屋の中にいるクロトとシャニに手を上げる事は出来ない。 それに力で言えば、確実に彼らが上なのだから、意味がないだろう。 はぁー、それにしても…、どうしてこんな子に育ってしまったのだろうか? 言い方が少し古いかもしれないが、親の顔が見てみたいと真剣に思う。 勿論、彼らの過去は軍の記録からも削除されているから、到底無理な事だが。 「クロト!シャニ!!」 無駄だとは思うものの、いつまでもこのままにしておくわけにもいかず、私は再びドアを叩いた。 これで私の綺麗な手が腫れたら、どう責任を取ってくれるというのだろうか。 そんな事を思っていると、急に後ろから声を掛けられた。 「何やってんだ?」 呆れた感じで声を掛けてきたのはオルガだった。 片手に本を持っているところから察するに、今まで読んでいた本が読み終わり、新しい本を取りにきたのだろう。 ちなみにオルガは、私が世話をしている中で一番常識がある少年だと思う。 「クロトとシャニが、私の部屋に立てこもってるの」 「鍵は?」 「シャニに取られた…」 私の部屋にある音楽ディスクや本を、シャニやオルガに貸すのはいつもの事だ。 だから鍵を貸して欲しいを言われれば、私はなんの疑いもなく彼らに鍵を預けていた。 今回は私も部屋の前まで来ていたのだが、シャニ自身が鍵を開けるからと言われ、私はそのままシャニに鍵を貸した。 そして次の瞬間、どこから現れたのかクロトと共にシャニが私の部屋に素早く入り込むと、内側から鍵をかけて立てこもったのだ。 あの時、私が油断さえしなければ、こんな事にはならなかったのに…。 自分の甘さに後悔したが、それもあとの祭りだ。 それよりも今は、彼らをどうにかしないと。 「ったく、あの2人は何考えてるんだか…」 ぼそっと呟いた言葉に、脇にいたオルガがドンドンと、ドアを叩いた。 「おい、てめぇら!に迷惑かけてんじゃねぇよ」 怒鳴るように中にいる2人に呼びかけるオルガ。 この瞬間、私は嫌な予感がした。 確かにオルガは常識人だけど、一つだけ気がかりの事があるからだ。 「うるさいな、触角!どっか行け!!お前ばっかり特別でずるいんだよ」 「オルガ、うざーい。もうざーい」 2人の暴言に、オルガの眉間にしわがよった。 「あぁ?」 "ヤバイな"と思い、オルガに声を掛けようとした時だった。 ガンッ オルガは目の前にあるドアを、思いっきり蹴飛ばしたのだ。 「てめぇら、もう1度言ってみろ!おいっ!!」 確かに常識はあるんだけど、とても気が短いのが玉に瑕だと思う。 「オルガ、そこ私の部屋だから壊さないでね。壊したら、私の給料から天引きされるんだから…」 嫌な現実を言うと、オルガもバツの悪い顔をした。 「あぁ、そうだったな」 悪い事をしたと思っているオルガはいいけど、問題なのは中にいる2人だ。 彼らが部屋から出てこない限り、満足に話もできやしない。 先ほどから全く改善しない状況を改めて考え直し、押してだめなら引いてみな作戦に変更する事にした。 「2人とも、いい加減出てきてくれる?今出てきたら、怒らないであげるから」 出来るだけ優しい声で話かけ、相手を油断させる。そして出てきたところを抑えるという作戦だ。 "さぁ、乗って来い!"と身構えたのだが、中から帰ってきた言葉は私の予想を見事に裏切るものだった。 「なんて知らないからね!どっかいっちゃえ!!」 子供じみた発言なのはわかっているけど、さすがにそれが限界だった。 私の中で、何かが切れる音がした。 「あぁ、そう。わかったわ。じゃあ、ずっとそこにいれば。オルガ!!」 くるっとオルガの方に向き直ると、オルガは改まるように姿勢を正した。 「おっ、おう」 「待合室に美味しいケーキを用意してあるから、2人で食べましょう。クロトとシャニはいらないらしいからね!」 「あぁ…」 そう言って立ち去ろうとした時だった、硬く閉ざされていた私の部屋のドアが開かれたのは。 「僕も食べる!!」 ずっと私の部屋に立てこもっていたクロトが、勢い良くドアを開けて私達の目の前にいたのだ。 しかし私とオルガ、そして部屋の中にいるシャニの視線を感じ、次の瞬間、クロトは引きつった顔をした。 「あっ…」 "マズイ…"というような顔をして、クロトが部屋に戻ろうとしたところを、私は素早く腕を掴んで静止させた。 それはナチュラルの私にしては、かなり俊敏な動作だったと思う。 「クロト、よく出てきたわね」 にっこりと笑って言うと、クロトは私から視線をそらした。 その後、部屋にいたシャニを引きつれ、私達は待合室に移動した。 私の脇にはオルガ、テーブルを挟んでシャニとクロトが座っている。 クロトは先ほどからずっとぶすっとした顔をしたまま、私から視線をそらしている。 「で、どうして2人は私の部屋に立てこもってたわけ?」 じっと2人をみつめていると、クロトが観念したようにぼそっと呟いた。 「だって、が…」 「私が?」 「オルガだけ特別扱いするんじゃん…」 クロトの思いがけない言葉に、私より先にオルガが口を開いた。 「俺を特別扱い?」 クロトの言葉に"いつ"自分が私に特別扱いされただろうかと、オルガも首をかしげた。 そんな私達に気付かないのか、クロトはか細い声で言葉を続けた。 「別に、僕だけを見て欲しいなんて言えないけどさ…。僕だってに見て欲しいんだよ」 そう言うクロトの瞳は寂しげで、私はそれほどの事を"いつ"クロトにしたのだろうかと不安になった。 「ねぇクロト、一体なんの事を言ってるの?」 「僕、見たんだ。が僕達に内緒でオルガにプレゼントを渡しているところを…」 それは偶然だった。 の部屋に行こうと思っていたクロトが、オルガの部屋の前にいるを見つけたのは。 別にそれは大した事ではなかった。 が彼らのもとを訪ねるのはいつもの事だったからだ。 しかしクロトがショックを受けたのはその後だった。 は綺麗にラッピングされたプレゼントをオルガに手渡す時に一言囁いたのだ。 「クロトとシャニには内緒だからね」 それは、オルガが特別だと言う事を表していた。 「は僕達より、オルガの方が好きなんだろ!!」 空のような青い瞳に薄っすらと涙を浮べ、クロトは私の事を見つめた。 クロトの話と態度を総合してみた結果、私の中で全ての謎が解けた。 そう思うと、私は自然と口元を緩めて笑っていた。 しかしクロトはそんな私の態度が不服だったのか、キッと睨みつけてきた。 「なっ、なんで笑うんだよ」 "そんなに僕がおかしい!?"と一生懸命に言うクロトに、私は言い表せないほどの愛おしさがこみ上げてきた。 「ごめんね、クロト」 私は席を立ってクロトの脇まで行き、クロトの事をぎゅっと抱きしめたが、クロトは私の事を押し返してきた。 「、僕の質問に答えてよ」 「そうだね。実はね、クロトが見たあれは、私が破いたオルガの本の代わりなの」 「えっ?」 私の声にクロトは凄くぽかんと間抜けな顔をして、私の事を見返した。 そんなクロトに、私は順を追って説明する事にした。 「この間、部屋を掃除してる時にオルガの本をダメにしちゃったのよ」 オルガが机の端に本を置いておいたのがそもそもの原因だったのだが、それを落として本が傷んだのは事実だった。 その事を正直に話し、私はオルガに本の代償を申し出たのだ。 「俺は読み終わった本だから、別に気にするなって言ったんだけどな」 「でも本をダメにした事には変わらないでしょ?」 そう言うと、オルガは"まぁな"と同意した。 「それで新しい本をプレゼントする事にしたの。勿論、オルガが欲しがってた本をね。それで昨日、注文してた本が届いたから渡したわけ」 "わかった?"とクロトの瞳を見つめながら言うと、クロトの瞳が揺らいで、そのまま俯いた。 「ごめん。僕、にいっぱい酷い事言った」 「うん。でも私は気にして無いから、クロトも気にしなくていいよ」 そう言うと、クロトはぎゅっと私に抱きついてきた。 私は昔、母さんがしてくれたように、クロトの背中をぽんぽんと叩いた。 「で、お前は何でクロトと一緒になって立てこもってたんだ?」 私とクロトが仲直りをしている間に、オルガはシャニに話を聞こうと口を開いていた。 「が、おっさんに何か渡してたから…」 「えっ!?」 「本当かよ…」 シャニの一言に、折角仲直りしたクロトだけでなく、オルガまでショックを受けたように声をあげた。 「そっちも見られてたの?本当に目ざといと言うか、間が悪いと言うか…」 どこから説明すればいいのかと考えた結果、まずはここから入るべきだろうと3人に向き直った。 「さて問題です。今日は何月何日でしょうか?」 ちょっと明るめのトーンで言うと、シャニが間髪を入れずに言い放った。 「知らない」 そんなシャニの態度に、オルガはため息をついてツッコミを入れた。 「てめぇは、本当に適当だな。日付ぐらい覚えてろ。今日は2月14日だ。2月14日!」 オルガが強調して言うと、勘の良いクロトが"あれ?"という様に、首を傾げた。 「2月14日?もしかして、バレンタイン!?」 クロトの言葉に、オルガも理解したように頷いた。 そして"ちょっと待てよ"と言って、眉間にしわをよせた。 「じゃあ、それが本命かよ!?」 「おっさんが!?」 今日がバレンタインと知った3人(実際に騒いでいるのはオルガとクロトだけど)の視線が、一斉に私へと注がれた。 「あーもう、うるさい。なんで君達はそう勘違いばかりするかな…。あれはいつものお礼代わり。バレンタインって、お世話になっている人にカードやプレゼントを贈る日だからね」 東洋のとある島国では、お菓子メーカーの策略で女性が男性にチョコレートを贈る日だと思われがちだが、本来は友達や恋人、家族などにカードや花束、お菓子などを贈る日だ。 その習慣はこの軍内でも残っており、この施設のいたる所でカードやプレゼントを交換する人たちの姿が見られた。 偶然シャニに見られたアズラエル理事へのプレゼントも、その一つだ。理事には私が気に入っている紅茶の茶葉をプレゼントした。お菓子よりも、そっちの方が理事は喜ぶと思ったからだ。 一応、彼の命でオルガ達の面倒を見ていられるのだから、プレゼントを贈るのは不思議な事ではないだろう。 まさかそれをシャニが色恋沙汰だと勘違いするなんて、思ってもいなかった。 「謎は解けましたか、シャニ・アンドラス少尉?」 ちょっぴり皮肉っぽく言うと、シャニはちょっぴり無愛想に返事をした。 「まぁーね」 シャニの反応に満足した私は、ずっと前から立てていたプランを実行に移す事にした。 「じゃあ、誤解も解けたところでお茶にしようか」 そう言って私は、皆の前に1ホールのケーキが乗ったお皿を置いた。 「チェリータルト?」 シャニがケーキを見てぼそっと呟いた。 「そう。これが私から君達へのバレンタインプレゼント。食べてくれるよね?」 勿論、彼らが断るわけはないと分かっていたが、念の為に聞いてみた。 「当たりまえでしょ」 「折角のバレンタインだしな」 「、飲み物は?」 3人が3人、バラバラのようで肯定の意味を示している言葉を聞くと、私はお茶のセットを取りに席を立った。タルトのカットで揉めている3人の声をBGMにしながら。 私の名前は・。地球連合軍に籍を置く軍人で、階級は少尉。 現在私が任されている任務は、オルガにクロト、そしてシャニという少年達のお世話。 年の割りにお子様な彼らの世話は予想以上に大変だ。 だけどこうして皆でいられる時が、私は結構気に入っていたりする。 まぁ、今回みたいに大変な事も多いけどね。 でもそれも、良い思い出でしょ? |
END |
■モドル■