XY&XX
「結局さ、種を存続させるために男と女っているんだよね」

無駄に厚い本に視線を落としつつ、が呟いた。
それは俺に話しかけると言うよりも、いつもの"思考"だと言う事を俺は知っている。

ここは無駄な物が全く無い、真っ白な壁で囲われた部屋だ。
俺達は10名ごとに部屋を割り当てられ、毎日毎日様々な訓練を受けている。
銃の扱い方に白兵戦、シュミレーション。
そして訓練の合間に行われる実験。
ここは生体実験をする為の施設であり、ここにいる俺達はそのモルモットだ。
力の無い者は死に、生きる力のある者だけが残る。
俺もも、生きる力のある者なのだろう。
こんな非日常的な場所で今日もこうして生きているのだから。

正直言って、ここでの生活は異常だ。
それなのに、目の前にいるはいつもと変わらず読書をし、"思考"を繰り返している。
だがそんな非日常的な生活を感じさせないこいつの言葉に、俺はどこか救われているのかもしれないと思う。

「今日は何の本を読んでるんだ?」

そう問えば、は本の表紙を俺に見せるように持ち上げた。
少し日に焼けた茶色の表紙には、黒のインクで"What's a sex chromosome?"と書かれている。
"性染色体とは何か?"か…。
昨日は宗教誌を読んでいたはずだが、今日は生物学についてか。
全く、よく読む気があるよな。
そう思っていると、は読んでいた本を閉じて俺に視線を移した。

「アメーバみたいに分裂して増えるわけじゃないでしょ?私達はさ」
「そりゃ、そうだろうな」

正直、人間がアメーバみたいに分裂して増える様はグロテスク以外の何物でもないだろう。
アメーバなどに個性があるようには思えないが、人間では見たくない光景だ。

「つまりクローンが無理となると、それに一番近い手段が子供なのよ」

そう言って、は俺の事を指差した。

「男と女が交わって、新しい生命を生み出す。その為に男と女がいる。これって凄く当たり前のことだけど、大切な事だよね」

もしこの地球が滅んだ場合、最後に生き残ったのが男と男、もしくは女と女では子孫は残せない。
その場合、クローン以外に種を残す事は無理だろう。
しかしクローンには様々な問題がある。
体細胞クローンを作り出す場合、新しい個体は核となる細胞の持ち主と同じ細胞年齢を持っている。つまり生まれた時から老いを背負う事になるのだ。
また同じ遺伝子をもう為に、1人が何かの病気にかかって死んだ場合、他のクローンもその可能性があるという事になる。聞いた話では、遺伝子を詳しく調べる事によって自分がどんな病気にかかりやすいかなどがわかるらしい。
だからコーディネーターはそこを修正し、丈夫な体とずば抜けた生体能力を持つそうだ。
そんな問題があるクローンだが、今現在の法律ではそれらは禁止されている。
アメーバのように自ら分裂できないのだから、クローンを作るには自らの手で作るしかない。
しかしそれは自然の摂理にそむいている。だから法律で禁止されていて当然なのだ。

「もしかしたらこの戦いも、これと一緒なのかな?」

俺が少し思考をめぐらしていると、がぼそっと呟いた。

「あぁ?どういう事だ?」
「だから、ナチュラルとコーディネーターが戦っているもの、種を存続させる為なのかなって」

力のある者が生き残り、その種を存続させる。
ネチュラルもコーディネーターも共に人間だが、能力的に言えば全く別の生き物のようだ。
それも野生の狼と犬のような違いなのかもしれないが。

「両者は共に人間だけど、力から言えば明らかにコーディネーターの方が勝るでしょ?それって弱肉強食が掟の自然界じゃ、私達は死ぬって事じゃない?」

"あぁ、だから薬漬けになったんだっけね"とあっけらかんとした口調で言うと、はパタンと本を閉じて自分の脇に置いた。
自分の身におこっている事にも関わらず、のヤツは時々他人事のように自分の事を話す時がある。始めの頃は気になっていたが、それがの精神を正常に保つための術だという事に気付いたから、気にしないようにしている。

「カマキリは子を産むために雄のカマキリを食べる。ライオンは雌が狩をする。だけど人間の女はダメだね。絶対的に力が足りない」

の言葉に俺は頷きそうになった。
実際、ここにいるものの7割は男だ。
同じ実験をされても、男より女の方が先に支障をきたす。

そんな中、よくは生き残っていると思う。
毎日薬を与えられ、脳にはチップを埋め込まれて、度重なる手術も受けた。
最初は嫌々だった戦いも、今では自分自身の心が望んでいるのではないかと言うくらいに、抵抗がない。自分の理性が無くなっていくのが、嫌でもわかる。
俺ですら、どうにかなってしまいそうだと言うのに、俺よりもの方が成績は上だ。
もしかすると俺より強いかもしれない。
それは力だけでなく、精神も。

は俺から視線を外し、先ほど閉じた本を再び開いた。
そして俺にとある問いを投げかけてきた。

「ねぇ、オルガ。もし、次に当たるのが私だったらどうする?」

今までずっと避けてきた考えを言うに、俺は何も答える事が出来なかった。
が言っているのは、生死をかけた訓練の事だ。
ランダムに被験者を戦わせて、弱いものを廃棄すると共に、より強いものを選抜する。
例えどんなに薬に耐久性があろうと、力が無いのでは意味がない。
その為のデスバトルだ。

「んな事、考えるんじゃねぇ。その時はその時だ」
「うん、そうだね」

一度だけ本から俺に視線を向け、悲しげな笑みを浮かべて頷いた。

「でもきっと私は・・・」

凛とした声でが呟いた。
俺はその言葉に、らしいと思った。

でもきっと私はオルガを殺すよ。だってそれが種を存続させる為なんだから。

なんの迷いも無く答えたは、やはり強い女だと思う。



END





モドル