生誕日
停戦という形で戦争が終わり、2度と踏む事は無いと思っていた地球で僕たち4人が暮らし始めたのは、季節の移り変わりがある国だった。
四季と言って、暖かな日差しが心地よい春、鮮やかな空ともくもくと広がる雲が美しい夏、赤や黄の落ち葉が舞う秋、そして真っ白な雪に包まれる冬が1年の間に次々と移り変わっていくらしい。
外の世界で暮らす事でさえも夢だった僕たちを教育係兼監視という名目で引き取り、"普通"の生活を与えてくれたのはだった。
施設や艦の頃以上に、僕たちの事をよく見てくれる
僕たち3人は一生かかっても返せない恩があった。



今日は年が変わる年末、僕たちが住んでいる土地の言葉では大晦日という日らしい。
新しい年が来る前に家の掃除をしたり、新年の準備を終え、夕飯には"そば"という麺類を食べた。
あとはコタツという暖房機器に入って"ジョヤノカネ"ってやつを聞くはずだったんだけど…。

「オルガ、クロト、シャニ。出かけるよ」

というの一声で、僕たちはこの寒空の中歩いているわけだったりする。
が選んでくれたジャンパーにマフラーを身に付け、真っ赤になりそうな両手をポケットに突っ込めば、からすかさず「危ないから手は出しなさい」と注意を受ける。

「だから手袋も買ってあげるって言ったのに…」
「だって、こんなに寒いなんて思わなかったんだもん」

大体、こんなの反則だよ。
凍えそうなほど寒いなんてさ、聞いてないって。
そりゃシャニやオルガは手袋つけて暖かそうにしてるけど、買ってもらわなかったものは仕方ないじゃん。

そう心の中で毒づくと、僕はと腕を組むようにして再び片手をポケットに突っ込んだ。
これならも文句は言えないよね。

「あっ、クロトずるい」
「てめぇ、なにどさくさにまぎれてと腕を組んでんだよ」

すかさずシャニとオルガから文句が飛んでくるけど、僕はあえて聞こえないふりをした。
も苦笑しているが、嫌がってるわけでもないからそのまま歩く。
脇からじーっと羨ましそうなシャニとオルガの視線が向けられているけどね。
気にしない、気にしない。
そして家を出てからずっと思っていた事をに聞く事にした。

「ねぇ、なんでわざわざこんな寒い中、出かけないといけないの?」
「えっ?ダメ」
「ダメというか、寒いじゃん」

一言そう言えば、言葉と共に真っ白な息が星の輝く夜空を彩る。
星座の名前なんて何一つ知らないから、見てもよく分からない。
それでも綺麗だと思う事はできる。

「ほら、初めての大晦日でしょ?」
「大晦日だから出かけるの?」
「2年参りってやつじゃないのか?」

シャニとオルガが言葉を挟んでくる。
っうか、2年参りって何?
それにだからってこの寒い中出かけるなんて…。

「折角、新しい土地に住むんだからその土地の風習に慣れておかないとね」

にこっと笑うに、そんなものかと僕達3人は首を傾げる。
やっぱりって独特の雰囲気っていうか、考えを持ってるよね。
そう思っていると、遠くの方で"ゴーン"と鈍い音が暗い闇に響いてきた。

「何、あれ?」
「除夜の鐘じゃないのか?」
「だってまだ24時じゃないよ」

に貰った腕時計で確認すると、日付が変わるまであと15分ぐらいある。
日付が変わる時に鳴るものだって言ってなかったっけ、

「108回もつくからね。時間がかかるのよ」
「108?なんでそんなにつくわけ」
「煩悩の数じゃなかったか?」
「さすが本の虫、無駄に物知りだね」

っていうか、ボンノーって何だろうと思ったけど、オルガのうんちくが始まりそうだから聞かなくていいや。あとでに聞いてみよう。

「とりあえず除夜の鐘をついて、それから初詣しておみくじをひこうね」
「初詣?おみくじ?」

オルガは本の虫だからともかく、僕だけでなくシャニもわからないらしく首を傾げる。
なぜかはこの国の言葉に詳しい。
いつ勉強したんだろうと思うけど、時間はまだまだ一杯あるからその時でいいや。



とりあえず神社って場所に着いた僕達は"はつもうで"ってやつをやって、"おみくじ"って言うのを引いた。でも文字が読めなかったからそのまま持って帰る事にした。
帰る途中、が"アマザケ"というのを奢ってくれると言うから素直にの後に続いた。
"アマザケ"というのは白くて、ほんのり甘くて、体の中からぽかぽかと温まるようなものだった。
は好き嫌いが出るかもと言っていたけど、僕は結構好きかな。
4人で並んでのんびり"アマザケ"を飲んでいると、急にが立ち上がった。
そして僕達の前でにこっと笑った。

「そうそう、3人とも右手を前に出して」

突然、何を言い出したのだろうかと首を傾げる。
でもこのままじゃ話が進まないから、"アマザケ"を脇に置いて右手を出す。
そうするとは差し出した手に小さな箱を乗せた。
可愛らしくラッピングされた立方体の箱。
それはいかにもプレゼントって感じのオーラを出していた。

「何、これ?」
「プレゼントだよ、開いて見て」

に言われ、リボンをさっと紐解く。
包装紙を外し、箱を開くと小さなケースが出てきた。
かぽっと開けてみると、小さな指輪が入っていた。
ケースから取り出してみると、それは小指にぴったりなピンキーリングだった。
少し丸みを帯びたフォームで、中央に透明でキラキラとした石が埋め込まれている。
指輪って女性のものというイメージが強かったけど、これ暗いなら僕がつけていても平気そうなデザインだった。

「いきなりどうしたんだよ、これ」

僕が指輪を眺めている間に、オルガから質問の声が上がる。

「3人の誕生日プレゼント」
「誕生日って、なんで?」

シャニが理解できないという声を上げる。
僕達は軍に入る際、過去の記憶を全て消されている。
がずっとそれを探してくれていたのは知っていたけど、結局見つからなかったらしく、悔しそうに僕達に告げたのはこの土地に来る少し前の事だ。

「やっぱり皆の誕生日が必要だと思ったの。それが君たちがこの世に生まれた証だし」

誕生日が証?
まさかそんな言葉を聞く事になるとは思ってもいなかった。

「だから私が決めちゃった、皆の誕生日」

へへっとが恥ずかしそうに笑う。
そんなに僕は指輪をはめた手を見せる。

「ありがとう、。僕、嬉しいよ」

って、いつもそうだ。
僕達に初めてのもの、温かさだとか安心、大切だと思う心。
だから僕はの傍にいれるだけで嬉しいのに、彼女はそれ以上の喜びを僕達にくれる。

「で、なんで指輪なんだ?何か意味があるんだろ?」

自分の指にはめた指輪を眺めながら、オルガが聞く。
確かに意味もなく指輪を選ぶようなではない。
シャニも気になるのか"ー"と言葉を促す。

「本当はベイビーリングを贈りたかったの」
「ベイビーリング?」
「親が生まれた子供に贈る指輪の事か?」

一体、それらの知識はどこから得てくるのかと思いつつ、はオルガの言葉に頷き返す。
そして照れたように頬を染めて、言葉を続ける。

「私の家系ね、代々親から子へってベイビーリングを贈るの。私がいつも身に付けているこの指輪なんだけどね」

そう言っては首元を指差す。
濃い青の石がトップについた小さなリング。
それをチェーンに通したものをはいつも身に付けている。
親から貰うって事は、は僕達の親代わりって事なのかな?
そう思うとなんか照れ臭い感じがした。

「ベイビーリングって、お守りの意味があるんだよ。それから皆の指輪についている石、ホワイトトパーズって言うのね」
「ホワイトトパーズ?」

綺麗だと思っていた石を再び見てから聞くと、"うん"と頷く。

「トパーズには友情、友愛、希望、そして潔白の象徴って意味があるの。皆に幸せがくるようにって選んだんだよ」

そう言っては恥ずかしそうにはにかむ。
石にも意味があるなんて初めて聞いた。
オルガはなんとなく察していたか、大して驚きもしていないが、嬉しそうに指輪を見ている。
そしてシャニは突然立ち上がるとに抱きついた。

「あっ、シャニ。抜け駆けすんなよ」
「クロトに言われたくない」

ジンジャに来る途中、僕がと腕を組んだ事が悔しかったのか、シャニが勝ち誇った笑みを浮かべて言う。
悔しいけど、確かに先にやったのは僕だから素直に認める事にした。

「ありがとう、
「どういたしまして」

はシャニの背をぽんぽんと叩き、微笑む。
シャニが邪魔だけど、やっぱりの笑顔は一番だと思う。

「そうだ、指にはめる時は右手の小指にはめてね」
「なんで右手なんだ?」
「右手のピンキーはお守りを意味するんだよ。あとピンキーは幸せが逃げないように栓をするって意味もあるんだ」

次から次へと出てくるこの指輪の意味に、ただ感心するばかりだ。
ただ1つだけふとした疑問が浮んだ。

「でもどうやっては僕達の指のサイズを調べたの?」

僕もオルガもシャニも、貰った指輪は右の小指にぴったり納まっている。
少なくとも指輪をつけたり、指のサイズを測られた記憶はない。

「えっ?それは内緒。1つぐらい秘密があった方がいいでしょ?」

そう言って、今度は意地悪な笑みを浮かべる。
なんか、今日はに振り回されてばっかりだ。
でも大切な日を貰ったから、よしとしたいと思う。
右手小指に輝く指輪を見つめ、ふといつもは着けてられないなと思った。
そうだ、みたいにネックレスにしよう。
確かドクタグが通っていたチェーンがあるはずだ。

過去の嫌な記憶を忘れる事は出来ないけど、僕達は新たな記憶を得る事ができる。
今日、がそれを証明してくれた。
これからもずっとこの幸せが続けばいいと、僕は貰った指輪に願掛けをした。
きっとそれは僕達が望む限り、叶う願いだと確信しつつ。



END





モドル