永遠の人
青々とした芝生と白く冷たい石。
ここには"戦争"で亡くなった人達が埋葬されている。
そうは言うものの、実際にこの下に眠っている者は、ほんのわずかだ。
なぜなら、前線に出ていた者たちの亡骸を回収する事など不可能に近いからだ。
2期先輩のミゲル・アイマン先輩やオロール・クーデンベルグ先輩。
私より2つ年下のニコル・アマルフィに、私と同い年だったラスティ・マッケンジー。
この他にも多くの戦友が、ここには眠っている。
彼らは皆、コーディネーターとナチュラルの戦いで死んだのだ。
イザークやディアッカは、未だ私同様に軍で元気にやっている。
あのヤキンドゥーの戦いのみではなく、その後の戦争でもよく生き抜いたと思う。
もし、何か不思議な力が私の事を守ってくれたと言うのなら、それはきっと彼の力だろう。

Rusty Mackenzie C.E.54-C.E.71

白い墓石に刻まれた文字。
これは私にとってとても大きな存在だった、ラスティのお墓。
実際、まだ実感はわかない。
私は彼の死に際を見たわけでもないし、死体を見たわけでもない。
ただ、人づてに聞いただけなのだ。
これで納得しろと言う方が、どうかしている。
今でも、ちょっと癖のあるオレンジ髪を揺らして、ぽんっと私の肩を叩いて"何辛気臭い顔してるんだよ"って話しかけてくれるんじゃないかと思っている。
おかしいよね。もう君が死んで8年も経つというのに…。





私とラスティの出会いは、アカデミー時代にさかのぼる。
農業コロニー"ユニウス・セブン"に核が撃たれてすぐ、私はZAFTに入るべく、アカデミーに入学した。私が入学した同期の者は殆どが皆、同じ理由で入学したと思う。

プラントを守りたい
これ以上の犠牲を出したくない
戦わなければいけないんだ

良くも悪くも、プラントに住むコーディネーターにとって、"血のバレンタイン"は大きな影響を与えた。

私とラスティは、イザークやディアッカと同じ17歳。
同い年の所為か、それとももともとの性格か、他の皆よりも馬があったらしくよく話をする仲だった。





「よっ、お疲れ。

射撃の訓練後、眩しいばかりのオレンジ髪をぴょこぴょことはねるようにしながら近づいてきたのは、ラスティだった。

「ラスティもお疲れ様」

そう言って、水の入ったボトルをぽーんと投げると、ラスティは左手で見事にキャッチした。
私はもう1つボトルに手を伸ばし、口をつける。

「それ、何?」

目ざとく私が手にしている封筒を指差して、ラスティは聞いてきた。
私は軽く掲げるようにラスティに見せた。

「ラブレター、かな?」

そもそも、男から手紙を貰う理由なんてそれ位しかない。
やはりザフトと言えど、軍に志願する女性は少ない。
そんな中で私のような女を、年頃の男が恋の相手として選ぶのは、当然の理なのかもしれない。
これでも私もコーディネーターだから、そこそこの容姿だしね。
そう言うと、ラスティが感心したように頷いた。

「へぇ〜。で、どうすんの?」
「別に。丁重にお断りするつもりだけど」

聞かれた事に答えただけなのに、当のラスティはちょっと間抜けな顔をして、私の事を見ている。

「おーい、ラスティ。聞いてますか?」

そう言ってラスティの顔の前で手を振ると、やっと気づいたらしく、やっと間抜けな顔を止めた。

「あっ、ごめん。もしかして、って好きな奴いるの?」
「いないよ」
「なんだ。なら、付き合えばいいのに。勿体無い」

"何事も経験じゃん?"って、明るく言うラスティに、私はさらりと自分の覚悟を言った。

「だって私、人を好きになるつもりないから」

すると直ぐに、ラスティは怪訝な顔をした。

「何だよ、それ」
「物騒な話だけど、いつ死ぬかわからないのに、人を愛する事なんて出来ないよ。もし、私が死んだ時、その人を縛りつけたら嫌じゃん」

昔、読んだ本にも書いてあった。"死んだ人には勝てない"って。
人は死んでしまったら、それ以上悪く言われる事はない。
だから、誰の心にも綺麗な形で残るんだって。
でも、それと同時にそこから動く事は出来ないのだ。
綺麗な形のまま、その人の心さえも縛ってしまう。

私はそんな事をしたくないと言っているのに、目の前のラスティは未だ怒ったような顔をして、私の事を見ている。

「何、マイナス的な考えしてるんだよ!」
「両親にも言ったわ、軍に入る時に。いつ、"誰が"死ぬかわからない。それだ戦争だって。違う?ラスティ」

前線に出てしまえば、ベテランも新人も関係ない。
皆等しく、死と隣り合わせなのだ。
ラスティもそれを分かってるから、私から視線をそらして、ばつが悪そうに答えた。

「確かに、それはそうだけど…」
「その前線に身を投じると決めた時から、私は人を愛さないって決めたの。父と母は言ったわ。女である私が、何もそんな危険なことをする必要はないって」

実際、軍に女が少ない理由はそこにある。
いくらコーディネーターとして能力が上がったとしても、男女の差まではカバー出来ない。
体力的に言ったら、どうやっても追いつけない。
だから、女の軍人は少ないのだ。

「でも、私には性別なんて関係なかった。個人として、プラントを守る為にこの道を選んだの。ラスティだって、そうでしょ?だから"もし"私が死ぬ事になろうと、私は後悔はしない」

そう言い終えると同時だった。ラスティから平手が飛んできたのは。
普段なら避けれただろうが、まさかラスティから平手をもらうとは思っていなかった私は、もろにラスティの右手を受けた。
じんじんと痺れるような感覚の頬に手を当てると、いつもより高い熱が手に伝わってくる。

「バッカじゃないの、お前」

平手を受けた上にバカと言われ、私は睨みつけるようにラスティを見返した。

「バカって何よ」
「プラントを守る為に、軍に入ったんだろ?それなら生き抜いて見せろよ。じゃないと、おじさんやおばさんが悲しむだろ?なんで、最悪の結果を予想してるんだよ」

ラスティの言っている事は分かる。
間違いなく、それは正論だ。
だけど…。

「私だって怖いのよ。ここを卒業したら、私は人を殺すの。皆を守るためだと言って、他の人に手をかけるの。そんな私が人を愛せる?こんな私を愛してくれる人がいる?」

少なくとも、今までのような生活には戻れないと思う。
きっと、体に血のにおいが染み付いて離れない。
そんな私が、人を愛せるわけないじゃない。

「そんなのわからないだろう。例えが戦場で人を殺したとしても、俺はお前を嫌いになったりしない」

そう言って、ラスティは私の肩を掴み、自分の方へと体を向かせた。

「やめてよ、そんな気休め。思ってもいない事を言わないでよ」
「お前だけじゃないだろ。俺だって、皆だって怖いに決まってるんだ。それをなんで、一人でそれを背負おうとするんだよ。このバカ!」
「バカ、バカって何度も言わないでよ。ラスティにそんな事言われる筋合いないんだからね!」
「あぁ、そうだよな。だけど俺は俺で心配してやってんるんだ。それ位、わかれよな」

私の肩に置いてある手に力を入れ、真っ直ぐに私の目を見るラスティ。
その瞳を見れば、ラスティがどれだけ私の事を心配しているのか、この私でも分かった。

「…うん。ごめん」

自分だけが、悲劇のヒロインだと思っていた事が恥ずかしくて、私は下を向いた。

そう、私だけじゃないんだよね。
皆だって、怖いのは一緒なんだ。
死ぬ事も、殺す事も。
皆、私と一緒で怖いんだ。

そう思っていると、くすっとラスティが笑った気配がした。

「でもまぁ、もし、それでもが売れ残ってたら、俺がもらってやるよ」

さっきまでの怒ったような声ではなく、いつものように明るい声で、ラスティが言う。
こういう時、いつもやられたと思う。
人に話せない悩みを抱えていても、ラスティの話術と真っ直ぐな心に、簡単に引き出されてしまう。
正直、それは嫌ではなかった。
むしろ、それに救われた事が今までにも何度かあった。

「ラスティって、本当に失礼だよね。でもそうだね、それも悪くないかも。何せ、男の人に手を上げられたわけだしね」

そう言ってわざと頬を見せるとラスティは、"やばっ"と言って目をそらした。

「傷でも残ったら、責任取ってもらうからね」
「えっ?平手で傷が残るわけ無いじゃん」

急に慌てだすラスティに、私は追い討ちをかけるような言葉をかけた。

「あれ?さっきの言葉は嘘だったの?」
「いや、そう言うわけじゃないけど…」

そう言うラスティを見て、私は笑いを堪える事が出来ず、盛大に笑ってしまった。
そしてそれにつられるようにラスティも笑った。
あの後、私達は他の皆が首を傾げるほど、笑いあい、そして教官に怒られたのだ。
今となっては、懐かしい思い出。




あの時、私に希望を与えてくれたラスティは、もうここにはいない。
この冷たい石の下に眠っているわけでもない。
でも私の足は、自然とここに向ってしまう。
まだ信じきれていないはずなのに、この矛盾にいつも惑わされている。
私は右手に持っていた、白い墓石に映えるひまわりの花を添えた。
なぜか、ここに来る時はいつもこの花を選んでしまう。
やはり、太陽に向かって元気いっぱいに咲くこの花が、ラスティにそっくりだと思っている所為だろうか。生前、ラスティにこの事を言ったら、花の色はアイマン先輩に似てるのに不思議だねって言っていたっけ…。
次々と浮かんでくる思い出に、懐かしさを感じていると、幼い子供の声が聞こえた。

「ママー」

遠くから近づいてくるのは、私の愛しい子供だ。
ヤキン・ドゥーエの戦い後、なおもZAFTに在籍していた私が、2番目に愛した人との子供。
私も、彼もZAFTに属している軍人だ。
だから、ここには多くの仲間が眠っている。
彼もきっと、大切な人のお墓の前で話をしているのだろう。
だけど、まだ子供であるこの子にはそれが退屈で、私の元に来たようだ。
ぎゅーっと抱きしめてあげると、嬉しそうに声を上げた。
そしてひまわりの花が添えられている墓石を指差した。

「これ、おはかだよね?」
「えぇ、そうよ」
「だれのおはかなの?」

そう言って、不思議そうに首を傾げる。
まだ"死"について上手く理解出来ない子供なのに、なんとなくここが特別な場所だと言う事は理解しているようだ。

「ママの大切な人のよ」
「たいせつなひと?」
「そう。大切な人」

あの戦いが終わったら、私から告白しようと思っていた。
だけど、ラスティはヘリオポリス侵入の際に、死んでしまった。
だからと言ってナチュラルを恨む事は出来ないけど、この悲しみが無くなる事もない。
それはきっと、私が撃った地球軍の人の家族も同じだ。
それでも"今"という時間を、こうして家族と過ごせる事はとても幸せなのだと思う。
今願う事は、この子が戦争など知らない"平和"な世界で育つ事だけだ。
その為に、私はザフトを抜ける事は出来ない。
アカデミーに入学した時と同じように、自分の手で、この"平和"を守りたいから。
私の永遠の人が眠るこの場所を守るためにも。
だから、私の我侭を1つだけ聞いてほしいんだ、ラスティ。
これからも私を見守っていてね、ラスティ。

「そんなの当たり前だろ?」

「えっ?」

懐かしい声に周囲を見渡すが、当たり前のように彼はいなかった。

「どうしたの?ママ」
「ううん、なんでもないわ。さぁ、パパの所に行こうか?」

そう言って、私は立ち上がって子供の手をひいた。
さっきのは空耳だったのだろうか。
それとも…。
もう1度、墓石を振り返って見ると、やはりそこにラスティがいそうな気がした。
勿論、それも私の考えすぎなのかもしれないけど、私は心の中で彼に話かけた。

ありがとう、ラスティ。
やっぱり私、君の事が好きだよ。
私の永遠の人よ。
私が守るこの地で、どうか安らかに眠れ。



END





モドル