ゼェゼェ…… 緩やかな坂道を登り始めて、はや1時間。 カートで引っ張る荷物の重さが、かなり身にしみます。 1時間前に山のふもとで別れたテニス部の方々は、きっともう山の頂上に着いている頃だろう。 そう思いながら山頂を見ると、余計虚しさが増す。 ハァ……頂上が遠い。 |
生徒会役員の受難 |
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俺は生徒会で会計をやっている、。中学2年。 その日、俺は文化祭のアンケート回収の為に各部活を回っていた。 コンコン 「失礼します。生徒会のです。アンケートの回収に来ました」 お決まりの台詞を述べて、部室に入っていく。 テニス部の部室には、テーブルを囲んで部員達が集まっていた。 あれ?珍しいな。普段はテニスクラブに通っていて、赤澤先輩と金田君しかいないのに。 そう思いつつ、部員兼マネージャーの観月先輩の側まで行く。 「あぁ君。アンケートなら、そこの上に置いてありますよ」 と言って、部屋の端に置いてあるカラーボックスの方を指差した。 黒ボールペンでチャックされた紙を取り、他の紙と一緒に束ねる。 ふいに、合宿と言う文字が目に入った。 「合宿行くの?」 1年の時にクラスメイトだった不二に尋ねる。 「あぁ、2泊3日でな」 と言うと、手に持っていたしおりらしきものを差し出して来た。 受け取って、パラパラと中身を見る。場所は山の上にあるロッジのようだ。 しかも、ただのロッジではなく、テニスコートや体育館などの運動設備付きの様だ。 「すっげー。なんか合宿って言うより、プチ旅行って感じだね」 「は部活とか入ってないのか?」 「あぁ、色々と忙しくてな。それに今は生徒会に入ってるし…」 「そっか。大変だな」 「まぁ〜な」 そう言ってしおりを返そうと思った時、1つの疑問が頭をよぎった。 机の上にあるロッジのパンフレットに手を伸ばす。 「あっ、キッチン付きなんだ。このロッジ…。じゃあ皆で食事とか作るんだ」 「「「「「「「えっ!?」」」」」」」 一言思った事を言ったら、予想外のテニス部員の過剰な反応。 そして何故か、不二達は一斉にしおりと観月先輩を見比べた。 「なー、観月。誰が食事を作るんだーね?」 「と言うより、料理出来る人いるの?」 D2コンビが、口を開いた。 ここ聖ルドルフは全寮制で、その為寮母さんが炊事をしてくれている。 寮を離れてロッジで行なう合宿にまで、寮母さんが来るわけも無く、必然的に自分達で炊事を行なうしかないのだ。 「あの〜、考えてなかったんですか?」 「この合宿は全て観月に任せていたからな」 と赤澤先輩が教えてくれた。 「どうするんですか?観月さん」 部員6名+俺の視線が集まる中、観月さんは決断を下した。 「分かりました!では勝負で負けた人が、責任持ってやる事にしましょう!」 なんか凄い事になってきたな。 わざわざ、炊事当番の為に試合をするなんて…。 さすがテニス部だよな。 関心していたのも束の間、次の言葉は、俺の予想を見事に裏切るものだった。 「じゃあ皆さん。最初はグー、ですからね!」 グー?じゃんけん!?そんなんで良いの?しかも皆、凄く真剣そうな顔してるし…。 俺が場の雰囲気に押されている間に、観月先輩は口を開いた。 「最初はグー、じゃんけんぽいっ!」 しばらくの静寂の後、観月さんがぽつりと言う。 「決まったみたいですね」 その一言を合図に、ぐるりと皆の手元をみる。 観月先輩はチョキ、その隣の赤澤先輩と金田君もチョキ。 それからD2コンビもチョキで、不二もチョキ。 じゃあ野村先輩がパーかと思えば、再びチョキ。 あれ?部員って7人じゃなかったっけ? パーを出している者は誰なのかと考えていたら、何故か自分の手がパーの形で出ていた。 あれ?えっ、どういう事? 自分の手を見ながら、自らに問う。 なぞか解けずに疑問に思っていると、間髪を入れず観月先輩がその場を仕切る。 「じゃんけんの結果、炊事当番は君に決まりました。君、集合は7時35分です。遅れない様にして下さいね」 そう言って、手元にあるしおりを1部、俺に手渡す。 「よろしくな、」 そう言って赤澤先輩は、金田君とラケット片手に出て行ってしまった。 「えっ?あの…」 声を掛けても、赤澤先輩は立ち止まらなかった。 「淳、合宿の時、何持っていくだーね?」 「そうだなー、やっぱり…」 D2コンビも…。 「観月さん、今日のメニューは…」 不二と観月先輩も…。 「頑張ってね、君」 野村先輩も…。 どうして、どうしてですか…。 どうして俺が行く事に、誰も疑問を持たないんですか!? 俺は部外者ですよ!って言うか拒否権も無いんですか!! こうして俺は炊事当番として、テニス部の合宿に参加する事になったのだ。 思い出すだけでも切なくなるから、回想終わり!! そして現在、山を登り続けている。 そりゃもう、見事に現在進行形です。 って言うか、どうして生徒会長は反対をしてくれなかったんだよ!! 『えっ!?合宿?』 取りあえず俺は、合宿に参加する事を生徒会長に話した。 生徒会長と言えば、生徒の中で1番の権限を持っている御方。 生徒会長が反対してくれたら、俺も合宿に参加しなくて済むだろうと言う、淡い期待を持っていたのだ。そりゃもう、藁にも縋る思いって奴だ。 なのに、あの人は…。 『そっか、大変だね〜。頑張って行っておいで〜』 と、軽くあしらったのだ!! しかも、最後の追い打ちは…。 『そうだ、これ餞別ね〜。これで美味しい物でも食べてね〜』 と言って、生徒会室に置いてあった紙コップと割り箸をくれたのだった。 いくらなんでも、他人事過ぎねぇ? そりゃー、生徒会長には関係無いかもしれないけど…。 いくらなんでも酷いだろ!? なんて不平不満を抱えながら、懸命に歩き続けている俺って偉いね…。 って自ら賛辞してると、虚しさ倍増? それにしても悟りを開くと、荷物も軽くなるんだ…。 心頭を滅却すれば、火もまた凉しって奴? ……。 …………。 ………………。 って、そんな訳無いじゃん!! バッっと後ろの荷物を見てみれば、ダンボールの上に乗せておいた筈の俺のカバンがなくなっていた。しかもここから見える範囲内に、カバンの姿は見えない。 俺のカバンが無い!! カートを転がらない様に道の端に止め、俺はカバンを探す為、一気に坂を下った。 結果、200m程下った所に、それは転がっていた。 俺って凄いね。こんな大きな荷物を落としたのに、気付かないなんて…。 カバンに付いた汚れをパンパンと払い、カートの所まで急ぎ足で戻る。 あれ?あれ? 確かこの辺りに置いた筈なのに、カートの姿が無い。 きょろきょろと左右を見渡すがやはりない。 「おーい、」 いきなり頭上から声がした。 見上げて見れば、少し上の所に不二が居た。 「何してんだよ。カート、ほっといて居なくなるしよー」 「もしかして、不二がカート持ってたりする?」 「あぁ。お前も早く来いよ」 そう言って、すたすたと歩いていく不二を、俺は神の使いだと思った。 不二が食料を持ってくれたお陰で、30分程歩いて、遂に頂上に到着した。 「すっげー。めっちゃ綺麗じゃん」 山頂だけあって、景色は抜群だった。 180度の大パノラマのような景色のお陰で、俺の気分も大分、回復した。 俺って単純? 「君、何をしているんですか?こっちですよ」 待ちくたびれたと言わんばかりに、観月先輩が声を掛けた。 何時の間にか、不二も皆の所にいるし…。俺ってかなり恥ずかしい奴? 急いで、皆の所に駆け寄る。 「これで全員揃いましたね。じゃあ、鍵を貰ってくるので、少し待っていて下さい」 と言って、鍵を取りに管理室に行ってしまった。 俺は再び、周りを見渡して思った。 「パンフレット見た時も思ったんだけど、ここって高いんじゃないのかな?」 なんたって、テニスコートまでが管理されている程の運動施設。ある意味、スポーツジムみたいな物だ。 「そう言えば観月の奴、どうやって資金を作ったんだろうな…」 「えっ?赤澤先輩も知らないんですか?」 「アイツが突然"やっぱり夏と言えば、合宿ですよね!夏に海じゃありきたりですから、山にでも行きましょう"と言い出してな…」 夏に山って言うのも、ありきたりじゃないのかな? そんな疑問が頭を過ぎる。 「まぁ観月は時々、変わった事を言うからね」 木更津先輩がいつもの事のように言う。 「そりゃ、そーだーね」 「でも、これが観月さんのポケットマネーだったら凄いよな…」 不二が、ぼそりと言う。 「裕太、いくらなんでも、それは無いだーね」 「でも確か、テニス部は、部費の半分以上を使っているはずですよ。ボールとかの消耗品からスクールのお金と…」 頭の片隅にある記憶を持ち出す。 「う〜ん」 なんか、俺の発言の所為で皆、悩んでるし…。 悪い事言っちゃった? 自分の発言に不安になっていると、いきなり後ろから声を掛けられた。 「どうしたんですか、皆さん。そんな真剣な顔して」 鍵を取りに行っていた観月先輩が、戻ってきた。 「あっ、観月さん!あの…、質問があるんですが…」 不二が口を開いた。 えっ!?不二、本人に行くの? 俺の驚きをよそに、不二は遂に言った。 「この合宿費、どうしたんですか?」 観月先輩は少しぽかんとしていたが、すぐ答えた。 「そんな事ですか。それは私のブロマイド集を売りさばいて…」 観月先輩の言葉に、俺達は一斉にフリーズした。 そして心の中で皆、やまびこにも負けないくらいの叫びをしているだろうと思った。 それにしても観月先輩って、観月先輩って…。 ナルシストだったんですか!? それよりも、それを買ったのって男ですか!? えっ?えっー!! 「って言うのは冗談ですよ。学校の方が、こちらの経営者の人と契約を交わしているんですよ。そのお陰で、学校側からお金を出してもらったんですよ。うちの他に、サッカー部やバレー部が使ってますよ」 先ほどと変わらぬ声色で、観月さんは言葉を続けた。 「観月、それは本当か?」 赤沢先輩が、真剣な顔で聞き返している。 「えぇ、本当ですよ。どうしたんですか?」 「いや、本当なら良いんだ…」 赤沢先輩の対応を見て、俺だけが動揺していた訳じゃない事が分かった。 まぁ、観月先輩ならありえそうだもんな…。 本人には言えないがそう思ってしまう自分がいるのも事実だ。 しかし俺がほっとしたのも束の間、観月さんは凄い問題発言をした。 「まぁ、裕太君や木更津のは売りましたがね…」 そう言って、んふっと嫌な笑いをした。 観月さんを除く全員が、唖然としたのは言うまでもない。 拝啓 お父様 お母様 俺は、無事にこの合宿から帰れる自信がありません。 先立つ不幸を、お許し下さい。 |
END |
■モドル■