1年ぶりに袖を通した軍服。少し痩せたらしく、腰の部分が緩い。
こういう時、女として喜ぶべきなのかもしれないが、私は少し寂しさを覚えた。
以前はよく着ていた医者が着るような白衣を上に羽織り、胸ポケットには顔写真付きの名札をつける。
廊下を歩けば、コツコツと少し低めのブーツの踵が音を立てる。
この角を曲がって、3つ目のドア。
以前はよく出入りしていた部屋。
私が再び、ここに入る日がくるなんてね。世の中、分からないものだ。



「オルガ・サブナック、クロト・ブエル、シャニ・アンドラス。薬の時間です」

3人の少年達は、一斉に私の事を見た。
アズラエルが見せてくれた資料によると金髪の少年が、オルガ・サブナック。
明るい茶髪の少年が、クロト・ブエル。
そしてモスグリーンの髪の少年が、シャニ・アンドラス。
今日から、私が管理をする少年達だ。

「あんた、誰?」

まずはシャニから質問が上がった。

「私は。君達の体調管理を任された者よ」

実際、管理をするのは体調だけではない。
監視役。
それが私の本当の役目だが、さすがにそこまで名乗る必要はないだろうと、そこで言葉を止めた。

「あんた、新人?僕達の事、ちゃんと分かってるの?」

次にクロトから中々鋭いご指摘が上がる。

「ここ1年間は休職してたけど、これでもここに勤めて7年よ。16の時に入隊したからね」

自分で言っててなんだけど、なんか自分の年を感じるなぁ…。

「もう1つの答えは?」

鋭い視線で、オルガが睨む様に言ってきた。
私はクスッと笑い、言葉を続ける。

「あのアズラエル理事が何も知らないような新人に、こんな事任せると思う?」

ムルタ・アズラエル。
国防産業連合理事にして、反コーディネーター組織"ブルーコスモス"盟主。
あの若さで、この地球軍を牛耳る男。私が知っている限り、地球軍一食えない男。
そんな人が、新人にこんな重要機密を任せるわけないと思うんだけどね…。

そう言うとオルガも納得したのか、薬のアンプルに手を伸ばした。
続けて、シャニとクロトもアンプルを取ると、無表情のまま飲み干した。

「どう?美味しい?」

近くに居たクロトにそう質問してみると、一瞬にして不機嫌な顔になった。

「試してみれば?僕のはあげないけどね」

と言って、クロトは再びゲームをやりにソファーに座り込んだ。
シャニも昼寝を続行し、オルガも読書を再開した。

…。なんかつまらないな…。

まるでガキみたいな発言だが、私の正直な感想には違いない。
たぶん18歳位でしょ?この子達…。私が18歳の時と言えば、友達とわいわいと騒いでたと思うんだけど…。う〜ん、今の子は違うのかな?
薬の所為で過去の記憶を無くし、薬に縛られ、依存しないと生きて行けない身体。
それでも18の少年じゃない?もっとこうガキっぽさが欲しいんだよね。
ゲームしたり、昼寝したりって所は確かにガキなんだけど、そう言うのじゃなくて…。
あ〜、なんか訳わかんなくなってきた。
まぁいいや、仕事しよう。

薬を運んできたトレーを返却し、自分のノーパソを片手に再び3人の居る部屋に戻った。
3人は相変わらず、それぞれ好き勝手な事をしている。
丁度、デスクは空いてたから、そこにノーパソを置いて起動させる。
読書をしているオルガがちらっと、私のほうを見た。私はパソコンを操作しながら、オルガに問い掛ける。

「何?オルガ・サブナック」
「なんであんた、まだここにいるんだ?」
「私は君達の体調管理を任されてるのよ。急に体調が悪くなったら困るでしょ?」

オルガの問いに作業をする手は止めず、視線もパソコンからそらさずに答えた。
あっ、今までまとめてたデータもらってくるの忘れた…。
あとで貰ってこないとな。
自分のミスに呆れつついると、オルガから少しきつめ声で再び問いがきた。

「本当にそれだけか?」

そのの声に、ノーパソからオルガへと視線を移す。

「何が?」
「あんたの本当の役目は監視役じゃないのか?たかが体調管理だけの為に、ここに居る必要なんてないからな。それにこの部屋には監視カメラ付いてんだから、モニターで見ればいいだろ?今更、俺等が逃げたりする事なんて出来やしねぇんだからな」

まぁ確かにその通りなんだよね。監視役って言っても、本当の監視の目は四六時中彼等を見張ってるし、私が特別何か優れた能力を持っている訳ではない。だから彼らに抵抗されたら、私はたぶん役に立たない。
それに彼らがここから出て行くという事は死を意味している。だから彼らは絶対、ここから出て行かない。いや、出て行けないのだ。
それでも監視がいるのは万が一の保険と彼らが自ら命を絶つのを止めるため…。本当なら私は要らないよね。
だけど…。

「だから私は、君達の体調管理を任されているの。何を聞いてるの?まぁ君の意見も、あながち外れてはいないけどね」

って、バラしちゃアズラエルに怒られるかな?
あの人、サドっぽいから何かあると怖いな…。笑顔でお仕置きするするタイプだし。
でも確か、ここはカメラだけでマイクは入ってないと思うんだよね。以前と一緒なら…。
一人頭の中で色々と思考をめぐらせていると、誰かの気配をすぐ脇に感じた。

「やっぱり監視役だったんだ」

いつから話を聞いていたのか、シャニが立っていた。

「えぇ。君達だって、分かってた事でしょ?」

この施設の奴等が、そんなご親切な人間じゃない事位ね。
γグリフェプタンを投与された人間は常人的な肉体を手に入れる変わりに、払う代価は記憶だけではなく、人として扱われるかどうかと言う事。ナチュラルがコーディネーターを見る様に、彼等は人として見られてはいない。
つまり、ほんの少しの体調の悪さで、駆けつけて来てくれる事など無い。

「うん。でも…」
「でも?」
「今までの奴等と少し違ったから…」

それは女だからって事かな?

「……そう?」
「うん。どうでもいいけどね」

それだけを言うと、シャニはまたソファーに転がった。

「やっぱり、出て行ってほしい?」

オルガに意見を求めると

「別にいいんじゃん」

と予想外の所から返事が返って来た。ずっとゲームに夢中になっていたクロトからだ。

「別に僕に危害が加わるわけじゃないみたいだし、好きにすれば?」
「だとよ」

つまり、ここに居ても良いと言う許可が出たって事だよね?

「そう、じゃあ遠慮無くここで作業させてもらうわね」

再びパソコンに向き直る。

実際、こうも簡単に許可が得られるとは思ってもみなかった。彼らは他のものに対して無関心で、干渉をしない。それは自分とは関係の無いものだから。
彼らにとって必要なのは今日を生きるためにとる、薬。
だからオルガの鋭い視線も予想範囲の事。本当はもっと時間を掛けて近づこうと思ったんだけど、私はどうもそういう回りくどい事が嫌いみたいだ。だからここで彼らに拒まれたら、無理に任務を執行する気は無かった。それでも彼らから直々に許可を得られたのだから、引く必要も無い。私は作業を再開した。

しばらくパソコンで作業をしていたが、突然、誰かに肩を叩かれた。

「何?」

振り向くと、シャニが立っていた。

「ねぇ、名前…なんだっけ?」

ほんの2時間前だよね?自己紹介したの…。まぁ寝ぼけてたっぽいから仕方無いか…。
少し呆れつつ、私は2時間前と同じ言葉を発した。

よ。。OK?」
「うん。分かった」

まだ眠り足りないのかシャニは、欠伸をひとつするとソファーに寄りかかった。


取りあえず、私は彼らに少しだけど受け入れられたようだ。
はたしてそれが、良い事なのか悪い事なのかは私には判断は出来ないが…。



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