新しい監視役が来て、1週間あまりが経った。
初めて会った時から思ったが、やはり変な奴だと思う。
俺らの監視役なのに、あっさりとそれをばらしたり、今までの奴らのように遠くから俺らの事を見るわけでもなく、寧ろ俺らの中に入ってこようとしているように、俺には思える。
全くもって理解しがたい奴だ。
それなのに、何故か俺自身もあいつに頼りそうになっていたりする。
謎だ…。



部屋に響くのはシャニのイヤホンから漏れるシャカシャカと言う、五月蝿い音とが使用しているパソコンのキーボードを叩く音。その2つだけだ。
その他に時折、クロトがゲームで失敗したらしく「あっー!!」と大きな声で騒いだりしている。
俺はいつものように本を本でいたのだが、それもこの1ページで終わる。
何か新しい本を持ってこないとな…。
そう思って立ち上がると、が顔はパソコンを見たまま声を掛けてきた。

「どうしたの?オルガ・サブナック」
「あぁ?新しい本を取りに行くだけだぜ」

そう言うと急には立ち上がり、俺の本を取り上げてぱらぱらと中を見た。

「この手の本なら私のところにもいくつかあるから、貸してあげようか?」
「お前、本なんて読むのか?」
「えぇ。何?私が本も読まないような人間に見えた?」

意外そうに言うので、俺はわざと頷いてやった。
俺が知ってる限り、本を持っている場面に遭遇したことはないし、読んでいる場面を見た事も無い。

「失礼ね。私だって、自室には本が一杯あるのよ?」

そう言って、俺の事を少し睨んだ。

「なんか、には似合わないよね」

鋭い発言をしたのは、クロトだった。

はどちらかと言うと、デスクワークよりは体を動かしている方が好きと言ったタイプだと思う。仕事をする上で必要な資料を取りに、この建物の隅っこにある資料室にわざわざ出向いていったり(パソコンでメールを送れば、他の奴がその資料を持ってきてくれるにもかかわらず)、ずっとパソコンに向かっているのは体に悪いからと言って、散歩に出かけたりと・・・。
しかしだからと言って、デスクワークが嫌いなのかというとそれも違う気がする。資料が整っていれば、半日くらいは軽く休憩もせずにパソコンに向かっている時もある。あの時の集中力は凄い物で、俺らが声を掛けても気付かない事の方が多い。
それで俺たちの体調管理をする為にここに居座っているのだとしたら、意味が無い事に気付いてないのだから、それも一種の才能だと思う。

「で、いるの、いらないの?」
「じゃあ悪いが貸してくれ。お前の部屋の方が、俺の部屋より近いしな」
「OK!じゃあちょっと待ってて、これ保存しちゃうから」

と言って、今までやっていたデータを保存すると、ぱたんとノーパソを閉じた。

「じゃあ、行きましょうか」

そう言って立ち上がったの後に続いて、俺たちは部屋を出た。


の部屋には、本人が言っていた通り、部屋は大量の本で埋められていた。

「これ全部お前のか?」
「まぁね。でも3分の2は友達から貰った物よ」

手前の本棚に並んでいる本はどれも厚く参考資料と言った所か。辞典とか辞書とかの文字が多く見られる。そして奥の棚から趣味の本がきちんと分野別に並べられている。哲学、自然、歴史、科学、機械、医療、文学…。そしてその他に、本棚にしまいきれないのか、いくつかの本がベッドの脇などに積み重ねてある。

「取り合えず、こんなもんかな?」

俺の好みと思われる本を何冊かピックアップし、は俺にそれらの本を渡した。

「どう?これでいい?」

本の中身を確認する俺に、が聞いてくる。

「あぁ、ありがとうな」
「どういたしまして。じゃあ、戻ろうか?」

そう言っては先に部屋を出た。


俺たちはもと来た廊下を歩き、さっきまで居た部屋に戻った。

「おかえり、

クロトの奴が、ゲームをしながら言う。

「ただいま。どう?いい子にしてた?」

ガキを心配する母親のような口調で、は聞き返す。
実際、過去の記憶が無い俺には、そんな事を言われたのかすら分からない。

「僕を誰だと思ってるの? そんな悪い事する訳無いじゃん」

ゼッテェ、嘘だな…。クロトの奴が、そんないい子な訳無いだろ。

「あれ〜?この間、私のデザートを食べたのは誰だったかな〜?クロト・ブエル君?」

おっ、ガキがもう一人ここにもいたか…。

「なっ、何のこと??」
「私が休憩時間に食べようと思ってた紅茶のシフォンケーキ、食べたでしょ?久しぶりに暇が出来たから作ったのに…。 さぁ、白状するんだ!クロト・ブエル!!」
「えっ?あれ、が作ったの?すっごい美味しかったよ」

ゲーム機をかっぽって、クロトが意外そうに言ったが、自ら墓穴を掘ってたら世話ねぇよ。
の奴も、そう思ったのかニヤリと嫌な笑みを浮かべている。

「やっぱり、クロト・ブエルだったのね…」
「あっ、しまった!」

クロトの奴、の罠に引っかかりやがった。
ったく、今頃気付いても、おせぇよ。

「って言うか。僕達の名前、フルネームで呼ぶの疲れない?」

必死に話を逸らそうとしているのは分かったが、クロトの意見には俺も その通りだと思う。
は俺らに会った日からずっと、フルネームで俺らの事を呼ぶ。初めは確認の為かと思っていたが、そうじゃないようだ。

「なぁ、どうしてわざわざフルネームで呼ぶんだ?」
「えっ?オルガ・サブナックも!?」

またフルネームかよ。

「聞いてるこっちが、なんか変な気がするぜ?」
「いや、だってねぇ…。ファミリーネームじゃ他の人達と変わらないし、ファーストネームじゃ馴れ馴れしいかな?って思ってさ…」
「じゃあ僕がって呼ぶのは、馴れ馴れしい?」

確かに俺らはの事をファーストネームで呼んでいる。その方が呼びやすいから自然とそうなっていた。
だからが言うように、馴れ馴れしいとかは考えもしなかった。っうか、のように考えるほうが稀だろ。

「いや、そんな事はないけど…」
も僕の事、"クロト"って呼びなよ。僕は全然、気にしないからさ」
「俺も"オルガ"でいいぜ。フルネームで呼ばれるほうが、 おかしいしな」
「うん…。分かった。じゃあ今度からそうさせてもらうね」

納得したようにが頷く。

「あと問題はシャニ・アンドラスだけど…」
「俺も"シャニ"でいいよ」
「うわっ!」

突如、後ろから 現れたシャニに驚いて、が五月蝿く叫んだ。

「突然現れないでよ。ビックリするじゃない」
「"シャニ"でいいから」

の訴えを無視し、シャニはマイペースに同じ事をもう一度言った。

「OKシャニ。でも、その前に早く肩から腕どかして。 重い」

そう言われ、シャニはの肩に乗せてた腕をどかした。


理解しがたい奴だけど、どうやら俺は、こいつの事が嫌いでは無いらしい。
全く、迷惑な話だ。



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