苦しい、辛い、痛い。
薬切れを訴える体は、指の先から骨の節々まで悲鳴を上げている。
と別れてから自室に戻った俺達に待ち受けていたのは、薬切れのまま放置と言う"お仕置き"だった。
最も、これは予想範囲の事ではあったが、何度受けてもこの苦しさに慣れる事はない。
正直、慣れたいなんて思わないけど。

それでも今回はおっさんも焦っているらしく、いつもより拘束時間は短かった。
研究員のヤツから薬を受け取ると、あいつらと入れ違いにが入ってきた。
は心配そうに俺達を見ていたが、俺が手を握ってみせるとほっとしたように笑みを浮かべた。
俺が一番好きな顔だ。
今一番、俺が守りたいもの。
しかしはその優しい笑顔を軍人の顔に替え、俺達の事を見た。
そのわずかな間の、苦しそうな顔は一番嫌いだと思った。

「現在、オーブの戦力は全てカグヤに集結しているそうよ。アズラエル理事から徹底的にオーブを潰すようって伝達があったわ」
「カグヤ?どこ、そこ」

に聞き返したら、隣にいたオルガが呆れ顔で先に口を開いた。

「オーブのマスドライバー施設だろ。おっさんがモルゲンレーテの工場とそこは壊すなって言ってただろう」

その一言で、そんな事も話したかもしれないと思った。
まぁ、どこでもいいけどね。
そう思っているとクロトが口を開いた。

「もしかして、相手もぎりぎりって事?」
「えぇ。きっとね」

クロトの言葉に頷くが、の顔はどこか影が差している。
そして俺達の手に、の綺麗な手が重ねられた。
俺よりも小さな手。
華奢なはずなのに、触れたところから伝わってくる熱はの意思を伝えてくるようで、力強くも温かいものだった。

「だからこそ、気をつけてね。手負いの虎ほど怖いものはないから」

俺達に向けられた目。
とても綺麗だけど、どこか悲しみを含んでいて、俺達が戦う理由。
だからこそ、俺達はそれを守らないといけない。

「あぁ、分かってる」
「心配しなくても平気だから」
「だから俺達を待ってて」

俺達の言葉に、は力強く頷いた。

「じゃあ、俺達は行くから」
「いってらっしゃい」

もう一度だけ、の顔を見て、俺達はMSに向った。



『さぁ、今度こそ、けりにしましょう』

回線を通して届いたアズラエルの声が合図となり、俺たちは発進した。
まずは俺が先に出て、それに続いてクロトのレイダーがMA形態に変形し、背にカラミティを乗せて飛行する。
そして俺は再び暗い海中に潜り、オーブを目指す事にした。

とても暗い海の中で、の顔が脳裏を過ぎる。
もうこれ以上、あんな悲しい顔はさせちゃいけない。
だって笑顔の方が、には似合うから。

オーブまで目と鼻の先という地点まで来ると、暗い海から俺は飛び出した。

『いくぜぇ』

クロトの嬉々とした声が流れる。
その言葉を合図に、レイダーがA.Aとか言う白い艦に向っていく。
白い艦の周囲には、それを守るように白と赤のMSが待機していた。
空めがけてビームを発砲する白い艦。
そして段々と空へ上昇するスピードが上がっていく。
オルガが125ミリ2連装高エネルギー長射程ビーム砲『シュラーク』で狙いを定めようとした時、下から赤いヤツがビームライフルを撃ってきた。レイダーはそれを回避したが、二人の口から舌打ちが聞こえてきそうだと思った。
俺は赤いヤツに向って、エネルギー偏向装甲『ゲシュマイディッヒ・パンツァー』を放つが、それを紙一重で回避された。
相手はその隙をつき、俺にビームライフルを向けてくる。
画面の端では、オルガとクロトが白いヤツを相手にしている。
勿論、白いヤツもそう簡単にやれられる事はないだようだ。
上手くあしらわれている。
そんな印象さえ受ける。

「ちっ」

自然と舌打ちをしてしまう。
そもそも、今回は相手の出方がおかしい。
攻撃はしてくるものの、前回までの鋭いものではない。
攻めるというよりも、守りに近い戦法だ。
何かがおかしい。
勘だけど、なぜかそう確信してしまう。
ふと出撃前、が言っていた言葉が浮んだ。

「手負いの虎ほど怖いものはないから」

これがそれなのだろうか。
でもそれとはまた違う気もする。
野生の虎は人を襲う。
それは自己防衛本能の所為かもしれないし、ただ人を殺したいだけなのかもしれない。
自分達の住処を奪った、人間達が憎いから。
でも人も、自分達が生きる為にその虎を殺す。
みすみす殺されたくないから。
そして手負いの虎は、自らの命を投げ打ってでも、こちらに向ってくる。
手負いの虎ほど怖いものはない。
その心理はわからなくも無い。
でも、目の前の奴らにはそれが感じられなかった。
子を守る親。
そちらの方が、似合っている気がする。
が俺達の世話をしてくれるように、温かいもの。
それでも俺達の前に塞がる敵には変わりない。

気持ちを入れ替え、目の前の敵に視線を戻す。
白と赤のMSは、ちょろちょろと空を飛び回っている。
あっちが本気で挑んでこないのならば、こっちから本気で奇襲すればいい。
そう結論付けて、相手に向おうとした時だった。
ふと、下が騒がしい事に気付いた。

「うん?」

オーブ本土の方から、マスドライバー上を凄い速さで艦が移動している。
確かマスドライバーは宇宙へ飛び立つシステムだったはずだ。
という事は、さっきの艦同様に、宇宙へ逃げるという事だろう。
どうやらオルガとクロトもそれに気付いたらしく、動きを止めている。

『おいおいおいおい』

オルガの声が流れてくる。

ウザイ。

そうは思うものの、実際にあいつらを逃がすわけにはいかない。
赤と白のMSは、今まで見た事の無い艦を守りつつも、先ほどの白いヤツよりもずっと傍へ近づいていく。
多分、奴らもあれで宇宙に逃げるためだ。
潰すなら、今しかない。
それはオルガもクロトも理解しているらしく、容赦なく2機へ攻撃を開始した。
フォビドゥンの88ミリレールガン『エクツァーン』、カラミティの125ミリ2連装高エネルギー長射程ビーム砲『シュラーク』、レイダーの二連装ビームで次々と砲撃するも、動く相手にそれをぶつける事は、決して楽な事ではない。

『くっそぉー』

オルガの声が響く。
白いヤツは、艦に手を伸ばしそれを捕まえた。
そして赤いヤツも、それに続こうとしている。

『堕ちろ!』

クロトの声からも、焦りが見える。
いくら撃とうと、俺達の攻撃はやつらに致命的な負傷を負わせる事がない。
そして赤いヤツまでが、艦に取り付いた。
白いヤツの援護さえなければ。
そう思わずにはいられない。
だが、そう思っている間にも、白と赤のMSは、背中の羽を広げていた。

マズイ

俺達は直感的にそれを感じた。
赤、黄色、緑と、様々な色の光線が向ってきた。
それらは直接俺らを狙ったのではなく、俺らの眼下である海面に向けられていた。
そして激しい水しぶきが上がった。
俺らはそれを回避する術なく、その水しぶきと共に後退した。

俺達が体勢を整えた時、既に見た事のなかった艦がマスドライバーを離れ、宇宙に向っていく最中だった。
それを悔しさで見上げていると、背後から眩しいほどの光が溢れていた。
不思議に思い、オーブの方に視線を移せば、マスドライバーがけたましい爆音がと共に崩壊していく様が目に映った。
そしてオーブの大陸も炎上している。
察するに、あの2艦を逃がし、オーブの奴らはマスドライバー施設とモルゲンレーテの工場を破壊したというところだろう。

きっと、アズラエルのヤツが激怒している。
そうは思うものの、これで当分はとゆっくり話が出来る。
そんな安堵感があった。
勿論、あの白いヤツと赤いヤツを潰せなかったのは悔しいけど、今はと過ごす時間の方が大切だから、それは大して気にならなかった。
そしてアズラエルから無線で次の命令が入るまで、俺達はオーブを眺め続けた。
初めて見る、国が崩壊していく様は、とてもあっけないものだった。



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