が部屋から出て行ったのを確認し、僕は近くにあるソファーに腰を下ろした。 さきほどが出て行ったドアを一瞥し、小さなため息をついた。 まさか、彼女があのような事を言うとは思っていなかった。 なぜなら、彼女は僕に忠誠を誓っている、忠実な駒の1つだったのだから。 まぁ、あれから8年も経つのだから、仕方ないのかもしれないと、心の中で思うが、それを素直に受け入れら無い自分がいるのも事実だった。 僕との出会いは8年前に遡る。 当時の僕は、不慮の事故で死んだ父の跡を継いで忙しい日々を過ごしていた。 それは国防産業連合の理事という座だけではなく、反コーディネーター組織"ブルーコスモス"の盟主の座も譲り受けた為だった。 僕の優秀な"ブルーコスモス"のメンバーがコーディネーターを排除していく一方、コーディネーターの中にも過激派の一派がいた。僕らがコーディネーターを排除するように、そいつらもこの僕を殺し、自分たちの身を守ろうとしていた。 その為、僕は行く先々で襲撃を受ける日々が続いていた。 と出会ったのも、そんな日だった。 地球連合のお偉いさん達とのパーティーを終え、帰路に着く途中、街中で車を止めさせた。 それはパーティー会場からずっと後をつけてきていた奴らを片付ける為だった。 僕はわざと奴らの前に姿を出し、的になってやった。 その時まで隠れていた奴が、僕の姿を見た瞬間、一斉に近づいてきた。 その後は、僕の優秀な部下達のお仕事。 しばらく銃声がその場に響いたかと思うと、ぴたっとその不協和音は止んだ。 「アズラエル様、片付きました」 秘書のその言葉で、僕は清掃がすんだ辺り一体を見渡した。 路上に転がるのは人類の敵であるコーディネーター達と部下の死体。 そんな中、ぺたりと座り込んだ少女を見つけた。 一瞬とは言え、戦場となったこの場には不似合いな存在だった。 もとは真っ白だったであろうワンピース。 しかしそれも、今で鮮やかな血で濡れていた。 小さな体はかたかたと震えており、その双眼はただ一点を見つめていた。 しかしその瞳は何も映しておらず、僕はその子に近づいて優しく声を掛けた。 「大丈夫ですか?」 その声で、少女は始めて僕の存在に気付いたようだった。 何も言わずに僕を見る少女に、僕は更に言葉を続けた。 「それは君の父上ですか?」 もう魂の抜け殻となった肉の塊。 目の前の少女とその男の年から考えるに、そう結論を出すのが自然だろう。 少女はしばらくして、こくりと頷いた。 父親の死にショックを受けているのか、少女の反応は限りなく無いに等しかった。 「よろしかったら、僕と共に来ませんか?僕でしたら、君の父上の仇を討つお手伝いをしてあげれますよ。憎きコーディネーター達をネ」 そう言って少女の目の前に、右手を差し出した。 始め少女は自分が何を言われたのはわからないようだった。 だが少女は少し間をおいてから、血に濡れた震える手で、しかししっかりとした意思を持って僕の手を掴んだ。 その瞳には先ほどまでは無かった、生命を象徴する輝きが灯っていた。 僕は少女に自分のスーツの上着を掛けてやった。 少女は自分に掛けられたスーツを一瞥し、そして僕の顔を見て穏やかな笑みを浮かべた。 それは自分の父親を殺された少女には不似合いなほど、美しいものだった。 その後の調べで、彼女の父親は地球連合軍に所属していた軍人である事が分かった。 彼女の母親は既に他界しており、身内らしい身内がいない事も。 「・。12歳にして、父親を殺されたナチュラルの子供ですか」 それはこの組織にとって最適な人材だった。 ナチュラルと言う生き物は、唯でさえコーディネーターに対しての劣等感が強い。 それは僕を含めたナチュラルが弱い所為だ。 だが、それも数をなせば変わってくる。 は唯一の肉親である父親を、自分の目の前で殺された。 これで落ち着いていられるほど、この子に理性はないでしょう。 普通であれば狂ってしまう。 だが、それをコーディネーターにぶつける機会を得たのだから、彼女は優秀な部下になる。 その確信が僕にはあった。 「、入りますよ」 に与えた部屋に入ると、彼女はじっと椅子に座っていた。 背筋をピンと伸ばし、視線は正面の窓に向けて外を見ていたのでしょう。 だが僕の声に反応し、すぐさま席を立とうとしたので、僕は手で彼女を静止した。 「そのままで結構ですよ、」 「はい、アズラエルさん」 「ムルタで結構ですよ」 そう言うと、は少し戸惑いながらも"はい、ムルタさん"と答えた。 僕はにっこりと笑うと、目の前の机に一枚の書類を出した。 「これはブルーコスモスに入る手続きをする書類です」 「ブルーコスモス…」 「えぇ。君の父上を殺した悪しき存在であるコーディネーターを排除する組織です」 その言葉にの瞳が一瞬揺らいだ。 まぁ、父親を殺されたのだから当然です。 しかし僕はそれに気付かないふりをして、更に言葉を続けた。 「君がこれに同意するのであれば、僕は君に復讐の機会を与えてあげる事が出来ます」 そして僕の為に、コーディネーターを排除して下さいね。 言葉の裏に隠した言葉を心の中で唱えると、はゆっくりと僕の事を見た。 「コーディネーターは悪しき存在で、ムルタさんは嫌いなのですか?」 「えぇ。そうですね」 ちょっと予想していたものとは違うの問いに疑問を持ちつつも、僕はそう答えた。 はじっと自分の手元を見つめ、そして決心したように顔を上げた。 「私、ブルーコスモスに入ります」 凛とした声で宣言したは実際の年よりも大人に見え、この子なら大丈夫だと改めて思った。 スーツのポケットから愛用の万年筆を取り出して差し出すと、彼女は契約書にサインした。 最後に記入漏れが無いか確認し、は万年筆と共に書類を僕に差し出した。 それを受け取ると、僕は優しく笑いかけた。 「、青き清浄なる世界の為に頑張って下さいね」 「はい、ムルタさん」 あれから8年。 は僕の期待を裏切ることなく、立派に成長した。 体術は勿論の事、情報収集能力も優れており、文句のつけどころなどないほどです。 そしてブルーコスモスの任務を遂行すると共に、地球連合軍に自ら志願した。 僕の後ろ盾などいらないほど、は軍の中で成果を上げ、若干20歳という若さで少尉の地位についた。 コーディネーター達を排除する為に有利な手駒に成長した事はとても素晴らしい事です。 だが、どこか手放しに喜べない自分がいる事も事実だった。 と出会った当初、僕の名をファーストネームで呼んでいたも、成長するにつれてムルタ様、アズラエル様と呼ぶようになった。 あの穏やかな笑みもいつのまにか影を隠し、仕事の最中、は人形のように冷たい目をするようになった。 自ら優秀な手駒育てる為に彼女を引き取ったのに、それを事実として受け入れられない自分が情けなかった。 それでも僕は…。 「君に"ムルタさん"と呼んでいてほしかったのですよ」 血の海の中、儚い炎のように揺らいでいた君が、僕は嫌いじゃなかったんです。 先刻、僕に意見した君はブルーコスモスに入団すると言った時と同じように、凛とした声で言った。 多分、彼女の言おうとしていた事は正しいのでしょう。 それに気付いていながら、僕はもう引き返せないところまで来てしまったんですよ。 「あとはもう、堕ちるしかないんです」 誰に言うでもなく呟いた言葉は、静寂にまぎれて拡散していった。 |
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