「君とて、ナチュラルの弟君が憎いのであろう?」 同僚のラウ・ル・クルーゼに謎の言葉を言われてから丸一日が経った。 いくら悩んでも、俺が自分自身でその答えを見つける事など、到底無理な話で、むしろ泥沼にはまったようだった。 なぜ、俺に弟がいる。 なぜ、俺が知らない事をラウが知っているんだ。 ナチュラルの弟とは、誰の事なんだ。 いくつもの疑問が頭の中で飛び交う。 「お母上に聞いてみるがいい。君の知りたがっていた真実が見えてくるはずだ」 昨日、ラウはそう言った。 俺の知らない事実を知っているのは、母だけだと。 そして母にその事を聞くべきだと、俺自身も思っている。 だが、それを知る事に躊躇いがあるのも事実だった。 嫌な胸騒ぎがしているからだ。 「真実か…」 きっとそれは名も知らぬ父親が関係している。 そう、俺の本能が告げている。 29年間の謎を解く為、自分自身の為、俺は母に真実を聞くべく、病院へと向った。 二日連続で病院を訪れる事は本当にまれで、その事に母はとても喜んでいるようだった。 「今回は連休だったの?昨日はそんな事、言ってなかったわよね」 母の様子は昨日と全く変わっていない。 俺とラウのした会話を知らないのだから当然なのだが、だからこそ、昨日ラウと交わした会話が嘘のように思えて仕方がなかった。 だが、そのような事は無いとわかっていた。 認めたくないが、ラウがあのような冗談を言う奴で無い事は、俺自身が一番分かっていたからだ。 ベッド脇にある椅子に腰掛け、俺は深く深呼吸をした。 そして、母をじっと見つめた。 「母さん、教えて欲しい事あるんだ」 「どうしたの、?そんな真剣な顔して」 「隠さないで教えて欲しいんだ。父さんの事を」 自分が思っていた以上に、静かな声だった。 突然このような事を言い出す俺に、どんな態度をとるかと思っていたが、予想にはんして母はさほど驚いてはいないようだった。 むしろ、大分前から覚悟を決めていたような顔をしていた。 「そうね。いつかあなたには話さなければいけないと思っていた事ですものね」 そう言うと、母は静かに真実を口した。 「あなたのお父様はとても地位のある方で、素敵な方だったわ。彼を思っている女性は沢山いて、私もそのうちの一人だった」 どこか懐かしむように、母の視線が窓の外に移る。 「本当に小さな偶然から、私は彼に気持ちを伝え、あの人もそれに答えてくれた。でも、それは決して周囲から祝福されるようなものではなかったわ」 「なぜ?」 「あの人には、正式な奥様がいたからよ」 本来であれば衝撃を受けるその一言を、俺は静かに受け止めていた。 なぜならそれは、昔からずっと感じていたものだったからだ。 昨日、ラウに指摘された父親の写真。 普通であれば、1枚くらい残っていてもいいはずなのに、始めから存在していないようだった。 だから俺は、母と父の関係が、何か特殊なものだと思っていたのだ。 「私も自分の身分をよく理解していたし、彼の立場上、私達が結ばれる事は無くて当然だったわ。それでも、私はあの人を愛していた」 真っ直ぐ俺の目を見て、母は力強く答えた。 「ブリュノ・アズラエル。それがあなたのお父様の名前です」 「ブリュノ・アズラエル」 初めて聞く父親の名前。 それを口にしてみても、父親である実感は得られなかった。 そんな俺に、母は言葉を続ける。 「地上で軍事産業連合の理事をなさっていた方よ」 「いたって事は、もうその人は…」 「えぇ、亡くなっているわ。数年前に、暗殺されたそうよ」 「暗殺…」 思ってもいなかった言葉に、俺は鼓動が早くなるのを感じた。 「彼は裏の顔を持っていたの。反コーディネーター組織の盟主という顔を」 反コーディネーター組織。 プラントにいても、その言葉は聞いた事がある。 意図的に遺伝子操作をしたコーディネーターを忌み嫌い、武装勢力で弾圧しようとしているナチュラルの事だ。 彼らによって、多くのコーディネーターが命を落としたと聞く。 「そして今、その組織"ブルーコスモス"の盟主は、あなたの義弟がなさっているそうよ」 「俺の義弟…」 反コーディネーター組織の盟主の子ども。 半分だけ血の繋がった、俺の義弟。 ラウが言っていた『ナチュラルの弟』。 「母さんは、その事をずっと知っていたの?」 「えぇ。オーブにいる知人から、定期的に地球の情報を送ってもらっていたから」 『オーブ』という国の名に、昨日の会話がフラッシュバックする。 地球連合軍が開発している新型MS、それに手を貸している国『オーブ』。 中立を明言している国の裏切り。 そしてラウが目論むMS略奪計画。 昨日までは恨む事もなかった言葉に、思わず反応してしまう。 「ごめんなさいね、」 不意に、母が謝罪の言葉を口にした。 「私はあなたをコーディネーターにする事で、お父様に反抗していたのかもしれないわ」 決して認められない関係の間に生まれた俺。 不義の子を身ごもった時、母はどれだけ苦しんだのだろうか。 もしかしたら父に、俺をおろせと言われたのかもしれない。 例え生んだとしても、認知してもらえるはずもなかったからだ。 だが母は俺を生んだ。 きっとそれは女の意地だったのだろう。 そして反コーディネーター組織の盟主である父へのあてつけに、俺を父が嫌いなコーディネーターにしただろう。 他人の事であれば、腹も立てたくなる真実だった。 「ごめんなさいね、。でも、私はあなたがナチュラルであろうと、コーディネーターであろうと、愛しているわ」 「俺もだよ、母さん」 母さんがナチュラルとかコーディネータとかで、俺を愛していたかどうかを決めるような人でない事は知っていた。 だからこそ、母を憎む気持ちはなかった。 それでも、この事実は俺に大きなのしかかった。 家に帰ると、俺は迷わずに通信機に向った。 そしてごく限られた者しか知らないダイアルを押した。 画面がパッと切り替わり、ゆったりと椅子に腰掛けるラウの姿が映った。 『君から通信が入ったという事は、答えが出たと考えてよいのかな?』 「あぁ、そう取ってもらって構わない」 『では聞こうではないか。君の答えを』 「俺は…」 それは、俺の出生に隠された小さな真実が、大きな闇に変わった瞬間だった。 |
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