母を病院に送り届け、俺は待ち合わせの時間よりも少し早く、待ち合わせ場所に向った。
俺が着いた時、その場所には既にラウの姿があった。
元々、俺に用事があって接触してきたのだから、不思議な事ではない。
それでも俺はラウに詫びを入れ、ラウを自分が運転してきたエレカに乗せた。
出来るだけ静かで、他の者に邪魔されない場所で話したいと言うラウの言葉で、俺は市内にある家に向う事にした。


コーヒーを用意している間、ラウはリビングに飾ってある写真を眺めていたらしく、部屋に戻った際、彼はアンティークの暖炉の前にいた。
母が地球で暮らしていた時の写真や俺の学生時代の写真などを、バランスよく母が並べた物だ。
コトンと音を立ててテーブルの上にコーヒーを置く俺に、ラウは静かに視線を移していた。

「お父上の写真は、一枚も無いのだな」

初めて知ったかのように、ラウが言う。
何かの折に、ラウに母親と二人暮しだと言った事がある。
だがその後、特に追及されなかったから、俺が父親の事を知らないのも無理はなかった。

「あぁ。この家には一枚も無いんだ。だから俺も顔すら知らない」
「そうか…」

どこか納得したように言うラウに違和感を感じつつも、それが何なのか分からず、俺はそのままソファーに腰を下ろした。ラウも俺のその動作に気づいて暖炉の前から離れると、俺の向かい側に腰を下ろし、俺に視線を合わせた。

「で、頼みたい事と言うのはなんなんだ?」
「まずはこれを見てもらいたい」

そう言って差し出されたのは、重要機密と書かれた紙の束だった。
その文字に顔をしかめつつ、ページをめくると、俺は息をのんだ。
なぜならそこに書かれていたのは、新しいMSの設計図だったからだ。
俺達ZAFTが使用しているジンとはまた違う、新種のMS。
機体の頭文字と系統で割り振られたコードネームX-101S・X-102D・X-103B・X-207B・X-303E。
コードの前にあるXは、experiment−試作品−という事を意味している。
確かに、今までに見たこともない形をしている。
そしてこれらの機体が、ZAFTの機体でないことも明らかだった。
例え新しいタイプのMSを作るにしても、今までの流れからこのようなデザインになるはずはない。
だとするとこれは…。

「地球軍がMSを開発してるという事か?」

俺の言葉に頷くラウを見て、まさかと思った。
今現在、地球軍の主力兵器はMAメビウスだ。
MSよりも戦力は劣り、ただ数が多いが為に手こずる場面もあるが、MSの敵ではない。
そんな地球軍が、こんな高度なMSを作れる技術を持っているとは思えなかった。

「ラウ、これはどういう事なんだ?」
「オーブが一枚かんでいるんだ」
「あのオーブがか?」

プラント率いるZAFTと大西洋連邦率いる地球軍のどちらにもつかず、他国からの侵略を拒む国。
それでいて戦争を好ましく思っていないナチュラルとコーディネーターを共に受け入れている、地球で異色を放つ中立国だ。
ただ周囲が二分している中で、中立を掲げる事はそうたやすい事ではない。
なぜならば、協力をなし得ないものに対し、ZAFTも地球軍もそう優しい対応はしないからだ。
言葉で無理ならば、力ずくで…。
しかしオーブは現在も一つの国として、中立国として存在している。
その背景には、他国と対等に渡り歩くだけの戦力を持っている事が隠されている。
ZAFTにとっても、地球軍にとっても、目障りなな存在であったはずだ。
そう、敵対している限りは…。

しかし今自分が手にしている資料を見て、これが地球軍だけの力でない事は容易に想像がつく。
オーブが技術提供をしているのであれば、ジンをも上回るMSを作っていてもおかしくない。

「中立だと言っておきながら、裏でオーブは連合に力を貸しているという事か」
「あぁ、そうだ」

ラウの言葉で、今まで冷静を装っていた頭が事の重大さを理解し、様々な感情を作り出してく。
中立と言っておきながら、プラントに核を放った奴らの手伝いをしているオーブ。
所詮奴らも、ナチュラルという事か。
どろりとした感情が心を食らう。
それを理解した瞬間、俺は自分がしなければならない事をはじき出していた。

「これが事実であれば、議会に報告する必要がある。クライン議長に面会の手配を取ろう」
「そう慌てるな、

立ち上がろうとした俺を、ラウは落ち着いた声で制止をかけた。

「なぜ止める。これは重大事件だろう」
「分かっている。しかし私にも、考えがあるのだよ」
「考えだと?」

俺の言葉に頷く、ラウは更に言葉を続ける。

、私はナチュラル達に一泡ふかせてやりたいのだよ」
「一泡ふかせる?」
「あぁ、そうだ」

ラウは俺が手にしていた資料に手を伸ばし、手にした資料をぱらぱらとめくると、投げる捨てるようにテーブルの上に置いた。

、君から見てこのMSの性能はどうかね?」
「正直口にするのも惜しいが、ジンよりもはるかに勝ると思う」

自軍の兵器よりも優れた兵器。
それを敵軍が所有するという事は、何よりもの恐怖だ。
戦争の要は優れた人材であり、優れた戦略、そして優れた兵器だ。
中でも優れた兵器は、足りない要因を十分に補う事が出来る。

「それがナチュラルに一泡ふかせる事と、どう関係があるんだ?」
「奴らがMSを完成させた際、それを奪うのだよ」
「なっ、なんだと…」

確かにそれは効率の良い作戦と言える。
相手の戦力を奪うと共に、こちらの戦力を増やす事になるのだから。
しかしそれが作戦として通用するものなのだろうか。

「だが、それを実行するにしても情報が少なすぎる。これだけでは、データが足り無すぎる」

どのような作戦においても、リスクは最低限に抑える必要がある。
最小限の損害で、可能な限りの利益をえる。
それは戦略の要ともいえる事だった。
しかし目の前のラウは、俺の言葉を予想していたように、用意していたであろう言葉を言った。

「それを君に頼みたいのだよ」
「俺に、スパイをしろと言う事か?」
「あぁ」

必要とあらば、スパイをするのは当然の事だ。
だが俺は、心のどこかで中立国を侵害して良いのだろうかと疑問に思っていた。
いくらナチュラルとは言え、平和を望んでいる者達の生活を、俺は壊して良いのだろうか?
そう自分に問うが、答えらしい答えも出せずにいると、ラウは1つの爆弾を落とした。

「君とて、ナチュラルの弟君が憎いのであろう?」
「ナチュラルの弟?」

突如言われた言葉に、俺はラウが何を言っているのか理解できなかった。
俺に弟などいるはずがない。
そう言おうと思った時、ラウが口を開いた。

・アズラエル。それが君の本当の名前だ」
「なっ、何を言っているんだ?ラウ」

動揺する俺に、ラウはにやりと笑い返した。
俺が知らない事実を、目の前の男は知っている。俺の本能がそう告げている。

「お母上に聞いてみるがいい。君の知りたがっていた真実が見えてくるはずだ」

それだけ言うとテーブルの上にある資料を手にし、ラウは立ち上がった。
俺はラウを見返す事も出来ず、ただ気配だけを感じていたが、ラウはドアのところまで行くと、静かにこちらに視線を移したのを感じた。

「よい返事を期待しているぞ、

閉められたドアの音がどこか遠くの音のように感じ、俺の中ではラウが言った言葉だけが、ぐるぐると渦巻いていた。



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