俺の名前は。第一世代コーディネーターだ。
29年間、ずっと父の名も知らずに母の手一つで育てられた。
ただ、この金糸のような髪とアイスブルーの瞳は、父譲りだと言われていた。
それが俺にとって、顔も知らない父の唯一の情報だった。
なぜ母が父とは別に暮らし、1人で俺を育てる事になったのか、それこそ子供の頃は気になってはいたが、それを聞くと母は困ったように笑うのだ。
俺は母が好きだったから、そんな顔をさせたくなくて、自然と父の事を口にする事は減った。
俺にとっては、母が一緒にいてくれるだけで嬉しかったからだ。





スイートピーの花束を片手に持ち、俺は通いなれた部屋に向っていた。
ここに通いだして4年が経つだろうか。
俺も軍の仕事があるから毎日というわけにはいかないが、時間がある時は必ずここに顔を出すようにしている。
部屋の前に来ると、ネームプレートを確認しノックをしてドアを開けた。

「母さん、どう?具合の方は」
「あら、。来てくれたの?」

ベッドの上で本を読んでいた母が、俺へと視線を向けた。
嬉しそうに言う母を見て、この前来た時よりも小さくなっている気がした。
勿論、それは俺の気のせいなのだが、俺は自分の考えを振り切るようにベッド脇のチェストに花束を置き、近くの椅子に腰を下ろした。

「今日は非番だったからね」
「あら、そう。でもあなたも忙しい身なのだから、無理して来なくてもいいのよ」
「何言ってんだよ。無理なんかしてないから」

そう答えると、母は少し嬉しそうに笑った。

母が倒れたのは今から4年前の事だ。
俺も成人し、母を養う事位出来ると言ったにも関わらず、ずっと仕事を続けていた。
元々、俺を育てるために無理をしていたのだろう。
母の体はその年の平均よりも衰退しており、倒れた日を境にずっと入院生活を続けている。
子供の頃は頼もしかった母の背中も、今では本当に小さく感じてしまい、自分が大きくなったのか、それとも母が小さくなったのか判断出来なくなってしまった。

「お仕事の方はどう?」

母が遠慮がちに言う言葉に、俺の胸は少し痛んだ。
俺のしている仕事が"民を守る事"である事は分かっている。
しかしだからと言って、母と同じナチュラルを殺していい理由にはならない。
それでも地球連合軍がした行為を許す事は出来はしない。
そんなジレンマに陥りつつあった。
だから"戦争"の成果を、母に報告する気はあまりなかった。

「まだ当分、終わりそうにない」
「そう…」

自分から聞いてきたにもかかわらず、母はこの事を聞くといつも悲しそうな目をする。
俺は母のそんな顔を見ていたくなくて、別の話題をふった。


母との面接はいつも1、2時間と言う短い時間だ。
始めの1時間は病室で話をし、その後外に散歩しに出かける。
天気や気候の調整しているプラントでは、急に天気が崩れる心配をする必要もなく、今日は少し遠くまで散歩に出掛けた。
地球と違って、プラントの道はどれも整備されている。
それは歩く上ではとても便利だが、自然の面白みがないと母がいつだった言っていた事を思い出した。

「母さん、地球に戻りたい?」
「いきなりどうしたの?
「いや、なんとなく…」

ナチュラルである母がプラントで生きていくのは、決して容易な事ではなかったはずだ。
それでも俺の為だといって、母はプラントで俺の事を育てた。
プラントの医学の方が、地球のナチュラルの医学より数倍上だが、それでも静養するのであれば住み慣れた地球の方が母にとってはいいのかもしれない。
それは母が倒れてから、幾度と無く考えた事だった。

「確かに地球は今でも好きよ。でもね、。私はあなたの側にいられれば、どこでもいいのよ」

そう言って母は俺の手を握り返した。
いつも思う。
母さんは自分の事よりも、俺の事を優先する。
それは母親として当たり前の姿なのかもしれないが、俺には苦しい姿でもあった。
俺はそれ以上その会話をする事はしなかった。
そしてふと顔を上げると、視線の先に見知った男が立っている事に気付いた。

「ラウ?」

名前を呼べば、その男は片手を上げてこちらに近づいてきた。

「やぁ、。久しいな」
「お互い忙しい身分だからな、クルーゼ隊長」

皮肉交じりにそう言って手を出せば、ラウは苦笑しながら手を握り返してきた。
普段見慣れている(といっても、それも大分前の話だが)白い軍の制服ではなく、少しラフな格好をしている。その事にちょっとした違和感を覚えた。
ラウとて人間なのだから、休みをとっても不思議ではない。
だが、心のどこかで何かが引っかかっているような違和感は拭い去れなかった。
その違和感が何なのかわからないでいるうちに、母が声を掛けてきた。

「お知り合いなの?

ラウと俺を見比べて聞いてくる母に、ラウと会うのは始めてだったという事に気付いた。

「アカデミー時代に世話になったラウだよ。何度か話しただろ?」

そう言えば母も覚えていたらしく、納得したように頷いた。
まぁ俺もよくアカデミーの話をしていたから、覚えていて当然だろう。

「母のメイ・です。初めまして、クルーゼ」
「初めてお目にかかります。ラウ・ル・クルーゼです」

ラウは母の手をとって握手を交わすと、お辞儀をした。

「少々、と話がしたいのですが、よろしいですかな」
「えぇ、勿論よクルーゼ。、私はあそこにいますから、お話が済んだらいらっしゃい」

そう言って離れていく母を確認し、ラウは俺との距離を詰める。

「実は、君に頼みたい事があるんだ」

母には聞こえない距離であるにも関わらず、ラウは囁いた。
一瞬にして、その場の空気が変わったのがわかった。
それは軍人が放つ特有の空気で、このことが私用でない事を示していた。

「俺にか?」
「あぁ。この後、時間を取れるかね」

これはラウの言葉に頷き返すと、ラウは満足そうに笑みを浮かべた。

「じゃあ、1時間後にここで」

そう言うと、ラウは少し離れた所にいる母に挨拶をし、街の雑踏に溶け込んでいった。
ラウがわざわざ俺に出向くなど、一体どうしたのだろうかと思ったが、とりあえず今は母を病院に送っていくのが先だと思い、俺も母に所に向った。


もしこの時、彼に会っていなければ、俺とコーディネーター、ナチュラルの未来は変わっていたのかもしれない。
そう思わずには、いられなかった。



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