漆黒のアルケミスト
その日はよく晴れた日だった。
エルリック兄弟は、先日マスタング大佐に言われて向かった町の報告をする為に、東方司令部を訪れていた。

「大佐め。いかさま情報を教えやがって。一言文句言ってやる」

そう言って廊下を走るエド。実は今回の仕事には、賢者の石が関係してるらしいと言われ、張り切っていたエドだったのだが、実際は賢者の石の話とは全く関係なく、エドは非常に機嫌が悪いのだ。

「兄さん、そんな風に走ると危なっ・・・」
「うわっ!!」

そんなアルの声も届かず、エドは勢いよく人とぶつかった。

「いった〜」

その人物はエドとぶつかった際に打った腰をさすった。

「あっ、すみません」

エドとぶつかったのは、淡い青のサングラスを掛け、長い髪を一本に束ねた女性だった。

「子供の遊び場じゃないんだぞ。もう少し注意したらどうだ?」

エドに対して、注意をするのは当たり前なのだが、少し偉そうな口調が(エド的には)あまり気に入らず、エドは少し顔をしかめた。

「けど、あんただって前を向いて歩いてなかっただろ!」
「なんだ逆ギレか?器の小さな奴だな」

ブチッ
何かが切れる音がした。

「俺が小さいだと!?お前の方が、俺より小さいだろ!!」
「年上に対する礼儀も知らない奴だな。それに私が言ってるのは、人間の器を言っているんだ。器だけでなく、脳みそも小さいのか?」

"本当に見たまんまの奴だな"と付け加え、その女性は溜息を付く。

「なんだとぉ!」

パン

エドは手と手を合わせ、床に手置いた。床は青白い光をまとい、エドのセンスが光る(決して、誉め言葉ではない)オブジェが練成された。

「どうだ」

勝ち誇ったように笑うエド。一体、何をしたいのかツッコミたい所は山ほどあるが、女性はそのオブジェを見て、感心したように頷く。

「ほ〜、錬金術師か・・・。なら、こちらも」

その女性は脇の壁に指先で素早く練成陣を書くと、これまた女性のセンスが光る(またしても誉め言葉ではない)オブジェが現れた。

「折角だからお手合わせ願おうか、少年」
「望むところだ!」
「兄さんっ!」

なんの手合わせなのか分からないが、お互いにまた練成をしようとした時だ。

「ストップです。小佐」

ホークアイの静止の声が入った。

「おや、リザじゃないか。久しぶり。相変わらず綺麗な顔してるね」

どこのナンパだよ、と言う台詞を言う女性。ホークアイの台詞から言って、この女性も軍の人間らしい。

「大佐のところに顔も出さず、何をなさっているんですか」
「いや、ちょっとこの子に、年上に対する礼儀と言うのを、教えてあげようとしてただけだ」
「だからと言って施設を練成させないで下さい。これでは美術館かと間違われます」

確かに、二人によって練成させられた為、そこだけを見ると軍の建物には見えない。(しかし到底、美術館に置かれるような代物でもないのだが・・・)

「あぁ、そうだね。では、戻すか」

そう言うと、小佐と呼ばれた女性は、自分が練成した壁とエドが練成した床を元に戻した。

「これでいいかな?」
「えぇ。ではマスタング大佐の所へ案内します。二人もよ」

とエルリック兄弟にも声を掛けた。
「俺らも?」
ホークアイの言葉に疑問を持ちつつも、三人はホークアイの後を歩いた。









小佐とエルリック兄弟をお連れしました」
「入れ」
「失礼します。どうもお久しぶりです、マスタング大佐」

と言って、深々と礼をした。

「相変わらず元気そうだな、

廊下での出来事を知っているような口ぶりに、女性はにっこりと笑う。

「えぇ、御陰様で」

そんな二人のやりとりを見ていたエドとアルだが、自分達の存在を忘れられているようで居心地が悪い。エドは少し、不機嫌な声を出してて、ロイに声を掛ける。

「なぁ大佐、この人は誰なんだ?」
「なんだ、いたのか。鋼の」

いけしゃあしゃあと言うロイに、エドがキレた。

「『なんだ、いたのか。鋼の』じゃねぇだろ!?大佐が呼んでるって聞いたから、わざわざ来てやったって言うのによ!」
「兄さん、落ち着いて」

今にもロイに掴みかかろうとするエドを、アルが一生懸命なだめる。
その一方で、エドの問いをもう一度聞きなおす。

「それで大佐、その人は誰なんですか?」
「おや、知り合いじゃなかったのか?」

と、女性へと視線を移す。

「えぇ、さっき廊下で喧嘩をしただけの仲です」

あれを喧嘩と言っていいのかは謎だが、ロイは納得したように頷く。

「そうか。彼女は少佐。西方司令部に所属する国家錬金術師だ」
「国家錬金術師!?」
「この小さいのが!?」

ひどく驚いたように騒ぐエドとアル。しかもエドの発言は、かなり話から脱線しかけている。

「君に言われたくない。それにさっきも言ったが、もっと年上は敬うものだろ」
「年上に見えねぇんだから仕方ないだろ!」

間髪を入れず、エドが切り返す。

「可愛くないガキね」
「それはこっちの台詞だ」
「ちょっと、兄さんっ!」

一食触発と言っても過言ではない、二人のやり取りに、アル一人がおろおろとしている。

「本当に君達は、相性がいいようだな」

少し小ばかにしたように言うロイに、二人はぎろっと睨みをきかせる。

「どこを、どう見たらそう見えるんですか?こんなガキと同レベルだと言いたいんですか?」

一様、本人に自分とエドが同レベルだと言う自覚はあるらしい。

「っうか、さっきからガキ、ガキって・・・。ガキって言うな!俺はこれでも15だ!」
「ほぅ、そうなのか。でも仕方ないだろ、名前を知らないんだから」
「えっ?」

の言葉にエドは"確かに・・・"と、納得する。

「で、名前は?」
「エドワード・エルリック」
「エドワードね。君は?」

と言って、おろおろしていたアルに問いかける。

「あっ、僕はアルフォンス・エルリックです」
「ふ〜ん、君たちは兄弟か・・・いいね。アルフォンス君の方が弟だよね?」
「えっ、そうですけど・・・。どうして分かったんですか?」

大抵の者は、エルリック兄弟を見た際、身長からアルを兄だと考える。しかしは、迷わずにアルが弟かと、質問してきた。これはエドとアルにとって、始めての経験だった。

「まず第一に、エドワード君よりアルフォンス君の方が、声が幼い。それに凄くエドワード君の事を気使ってる。まぁ正直言うと、エドワード君が私にぶつかる直前に、"兄さん"って呼んでただろ?だから、本当はもともと分かってたんだ。でも、兄貴思いの弟君でよかったね、エドワード君」

にんまりと笑い、エドに投げかける。

「あぁ」

それに対してエドは、少し照れつつ頷く。

「で、マスタング大佐直々に、何用ですか?」

はわざとらしく、ロイに質問をする。

「大した用ではないんだが、君達を引き合わせておこうと思ってね」
「なんの為にです?」

不思議そうに聞いてくるに、ロイはさらりと

「仲間がいた方が頼もしいだろ?小さいもの同士な」

ピクッ

「私とエドワード君とを、一緒にしないでください!それに例え、私の身長が小さかろうと、私は1人でも十分やっていけます。むしろ頼もしいって何ですか!?」
「身体が小さいと、肩身が狭かろうと思ってな」
「大佐、それは背の小さい者への偏見です!」
「そうだ、そうだ!!」

先ほど以上に荒れる二人。

「まぁそれは冗談だが、時には他の国家錬金術師との交流も必要であろう?鋼の」

どこまでが冗談なのか、ツッコミたい気持ちを抑え、エドは頷く。
確かに、多くの国家錬金術師は、錬金術師の中でも優れた者が就ける役職だ。
賢者の石の情報を集める上でも、多くの錬金術師の意見交換は必要なものである。

「私からの話は以上だ」

そう言って、手元の書類へと視線を戻す。

「分かりました。では、失礼させて頂きます」

ぴしっと敬礼し、は退室する。エドとアルも簡単に挨拶を、部屋を後にした。








「さてと・・・」

三人はロイの部屋から出て、一旦当方司令部の外に来た。
錬金術師との交流といっても、軍の施設内ではやはり少し窮屈だと言って、が提案したのだ。

「まぁ、よろしく頼むな。鋼の錬金術師殿」

そう言って、は、右手を出してきた。

「あぁ?なんだ?」
「握手。私は、初めて知り合った者とは、握手をするようにしているんだ」
「へぇ〜。」

感心したように、エドはと握手をする。
しかし、何故かは掴んだ手を、中々離そうとはしない。それどころか、エドたちが思いもしない事を口にした。

「クローム17%、カーボン1%。強度重視のオートメイルだな」

と、触れただけで、エドの腕であるオートメイルの成分比率を、言い出したのだ。
「あんたは一体・・・」
驚きを隠せないように、エドはを見つめる。

I am dark alchemist

の口から、異国の言葉が紡がれる。

「えっ?」
「我が名は漆黒の錬金術師。人は私を闇の錬金術師とも呼ぶ」
「闇の錬金術師・・・」

初めて聞く名に、エドが真剣な面持ちで言うと、あっけらかんとした声で、は補足をする。

「あっ、でも黒魔術とかは使えないから安心していいぞ」

・・・・・・。

「兄さん、黒魔術って何?」
「さぁ?」

の発言に対して、素でボケる二人。
そもそもalchemist−錬金術師−の、chemistは科学者を意味する。つまり錬金術師とは、科学者なのである。そんな彼らに、呪術的発言をしても通じるわけも無い。

「まぁ、それは冗談だが、ちょっと人より長けた物があってね」
「ちょっと、じゃねぇだろう・・・」

得意げに言うに、エドは少し呆れたように言う。
普通、ウィンリィ達オートメイル技師は、音でその成分の比率を当てる。それなのに、目の前にいる女性は握手をしただけで、自分の手を見抜いた。もし、アルと握手をしたら、アルの事がばれてしまう。それはまずい。
そう身構えていたがエドだが、は、再び予想を裏切る発言をした。

「では、出かけるとするかね。鋼殿」
「はっ?」
「出かけるって、どこにいくつもりなんですか?さん」
「どこって、観光だろ。久しぶりの地方だからだからな。折角だし、皆にお土産も買っていこう」

"うん、そうしよう"と、は1人頷く。

「それから、私の事はと呼んでくれて、かまわない。私も君達をファーストネームで呼んでいるからな。まぁ、君達の場合、ファミリーネームじゃ、どっちか分からないか」

と言って笑う。

「さぁ、呆けてないで行くぞ。2人とも」

そうと言って、は1人、すたすたと歩き出した。

「ちょっと待ってくださいよ、さん」

そのの後を追う、アル。

の奴・・・」

わざと話をそらしやがった。
アルは気付かなかったであろうが、エドはそう思うと少し悔しかった。
とりあえず、借り1つって所か・・・。
そう心の中で呟くと、遠ざかっていく二人を見た。

「おい、待てよ!」

エドは走り出し、二人の後を追った。



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