辺りが漆黒の闇に染まっている。
見上げると、空には月が出ている。
蒼白く光る月―その光は冷たくとも 又 優しくともとれる。
ハヤテはその光を掴むかのように、右手を高く伸ばした。
ゆっくりと手を握るが、やはり何も掴めず指先が手の平に触れる。
空を掠めるだけの手に、ハヤテは少し寂しさを覚えたのだった。
Blue Moon
「ここにいたのか」
木ノ葉の里を一望できる丘に、月光ハヤテは座っていた。
声の主―不知火ゲンマは、ハヤテから里に視線を移した。
「ここが一番、綺麗に里を見渡せるんですよ」
穏やかに言うハヤテの言葉に、ゲンマは素直に頷いた。

―確かに、その通りかもな。

眼下に広がる木ノ葉の里は、活気と希望に満ち溢れ、自然と心が癒される気がしてくる。
「そう言えば、がお前の事を探してたぜ」
がですか?」
「あぁ。お前が居ないって、かなり騒いでたぞ」
「そうですか。じゃあ、行ってみますね」
そう言うと、ハヤテは音も立てずに消えた。




「何をしているんですか?」
自分を捜して騒いでいると聞いて来てみれば、当の本人はチャクラを利用し、水面で床体操のような事をしている。
「あっ!ハヤテ発見」
ハヤテの言葉など聞こえていない様子で、はロンダード、後転跳びとくるりと弧を描きながら近付いてくる。
最後に後方心身宙返り二回捻りを入れて、ハヤテに前に立ったはくるりと前を向き、満足そうに笑った。
「どこ行ってたの?捜してたんだよ?」
「私には、探している様には見えませんでしたが…」
「そう?」
しれっとハヤテを言葉をかわし、はハヤテの半歩脇に置いてある上着に手を伸ばした。
モスグリーンの服を羽織るの首元には、丸い赤い痣が2つ並んでいる。
「最近、色が濃くなってきたんじゃありませんか?」
「そう?自分じゃ、あまり見ないから…」

家に代々伝わる痣―それは先祖が受けた呪いの名残であった。

「鬼に…、血を吸われた痕みたいですね」
「鬼?血を吸う?何それ…」
突然のハヤテの発言に、は首を傾げた。
「異国には、血を吸って生きる鬼が居て、首の辺りに赤い痕が2つ残るらしいですよ。血を吸った痕が…」
ハヤテの言葉を聞きながら、は手でそっとその痣に触れてみた。
「なんか、いいね」
「はいっ?」
予想外の反応が返ってきたので、ハヤテは柄にも無く間抜けな返事をしてしまった。
「だって、その人の血は、その鬼の中で生き続けるって事でしょ?それって素敵じゃない?」
うっとりと言うを見て、ハヤテ口元を少し緩めた。
らしいですね」
「でしょ?」
そう言って、は、にこっと笑って見せた。


この二人の出会いはアカデミー時代に遡る。
当時、は異色の存在だった。親がこの里の出身で無いと言うのは別に珍しい事ではない。
では何故、は異色の存在だったのか…。それはの血筋に関係していた。
の先祖は、霧隠れの里の忍びだった。それもかなりの実力の持ち主であった。
だが、人間の欲が一族の運命を歪めてしまった。
事も有ろう事に、の先祖は水影を殺し、自分が次期水影になろうとしたのだ。
水影と並ぶほどの実力を持つ者だったので、里の多くのものが深手を負いながら、その者を捕えた。
しかし、元々実力のある一族だった故に、その場で殺される事だけは無かった。復讐を恐れたのだ。
その代わり、再び狙われる事を恐れた水影は、一族に代々続く呪いを掛けたのだ。
一族が、水影に手を掛けようとすると発動する呪い。その呪印が、の首元にある赤い痣なのだ。
呪いを受けた一族は、霧隠れの里を追放され、あるものは抜け忍として、またある者は普通の者と変わらない生活を送っていた。の両親も、とある国で忍びとは関係無い暮らしをしていた。
ところがが6つの時だ。両親の仕事で火の国に向かっている時、の目の前で両親は抜け忍達に殺された。
だけが助かり、今もこうして忍びとして生きているのは三代目火影と四代目火影のお陰である。
肉親を失ったを里で受け入れ、他の者と同様に生活を送れるようにしたのだった。
それでも一族の呪いの話は有名で、里の者達も最初は快くは思っていなかった。
しかし、は持ち前の明るさで段々と里に解け込んでいったのである。

とハヤテはアカデミーを卒業後、同じチームになったのが縁だった。
は体術と幻術、ハヤテは忍術を得意としていた為、中忍、特別上忍とトントン拍子に上がっていった。
そして今でも、よく話をする仲なのだ。
ハヤテが女性を呼び捨てにするのは非常に珍しい。例え同僚であっても、〜さんと言う。
アカデミー以来の友人と言えど、と呼び捨てにするは、ハヤテによって特別な存在だと言う事を意味している。
それはにとっても同じだった。両親を早くに亡くしたにとって、ハヤテは家族に近い存在であった。


「それで、用とは何だったのですか?」
ハヤテの言葉で、どうして自分がハヤテを捜していたかを思い出したは、古典的だがぽんっと手を叩いた。
「そうそう、ご飯を一緒に食べようと思ってさ。ほら、この間の賭けで負けたでしょ?」
賭けと言うのは、が一方的に持ち掛けた物で、の友人であるアンコが一日に何本お団子を食べるかと言う、非常にくだらない物であった。
「ですがあれは、偶然ですから…」
「つべこべ言わず、大人しく奢られろ!」
別につべこべと言っていないのだが…と言った所で、が納得しない事を百も承知だったので
ハヤテは"分かりました"と、の誘いを了解した。

「あっ、そうだ」
店に行く為に歩き出そうとしただったが、ふと立ち止まった。
ピィ---------------
ポケットから持ち出した木製の笛を吹き
「あーおーいー。戻っておいで〜」
と、呼びかけた。
すると、ちりんっと言う音がし、表が薄青で裏が薄紫色のリボンで鈴を付けた黒猫が出てきた。
猫はとハヤテの傍まで来るとちょこんと座り、にゃーと一鳴きした。
「あなたの猫ですか?」
「そう。可愛いでしょ?お腹の所に、白く葵の葉のような模様があるんだ。だから葵」
そう言うって、猫を持ち上げた。猫はまだ小さく、肩に乗るサイズだ。
「よし、じゃあ一楽へゴー!!」
にゃ〜と猫も嬉しそうに鳴いた。
軽快なステップで歩いて行く一人と一匹の後を、ハヤテはついて行った。









「ったく、あんた本当に特別上忍!?」
の腕に包帯を巻く手を止めて、アンコはのおでこにデコピンを食らわした。
「これ以上、怪我を増やさないでしょ〜」
大して痛くないおでこをさすりながら、はアンコを恨めしそうに睨んだ。
「本当に手のかかる妹を持ったみたいだ」
はい、終わりと言うかわりに、アンコはの頭をぽんぽんと叩いた。
「ありがとう」
小さい声でお礼を言って席を立とうとすると、くらっと倒れそうになり、アンコは急いで支えた。
「大丈夫!?」
「うっ、うん。ゴメン」
アンコの肩を押して、は自力で立った。心配そうに見つめるアンコを、安心させる為ににこっと笑って見せる。
「なんか疲れているみたい。でも寝ればすぐ治るから…」
アンコも"そうだね"と言い、は帰る事にした。




。いますか?」
玄関のドアの鍵が開いていたの、ハヤテは控えめに声をかけた。
しかし部屋で寝ているはずのからの声は返ってこず、ハヤテはそのまま部屋の中に入って行った。
キッチンの前を通り奥の部屋に着くと、は椅子に座っている。
入って来た気配に気付かないのか、の視線は今だ外だ。
?」
寝ているのかと思い小さく声をかけると、くるりとこちらを向いた。
「あれ〜?ハヤテがいるー。どうしたの?」
あっけらかんと言うを見て、ハヤテは小さな溜め息をついた。
「アンコさんから連絡があったんですよ。の体調が悪そうだから、様子を見てきてくれって言われたんですよ」
"そっか〜"と言って手をぱんっと叩いた。しかし急に真面目な顔つきになった。
「実はね、ハヤテ…。このケガ、ぼーっとしていたからじゃないんだ」
服を少し捲り、包帯を見せた。そして首元に手を添えた。
「呪印がね、痛んだの」
アンコに聞いた限り、はぼーっとしていた為に転倒し、運悪く手を怪我したと言っていた。
ところがそれは呪印が痛んだからだと、当の本人は言っている。
「呪印がですか!?」
「うん。任務をしていたら突然ね、ずきんって…。どうしてかな?」
の呪印は、の先祖が水影を襲った代償に受けた物。
一族が水影を襲おうとした時に発動するはずなのに、何故か発動した。
「今日の任務はなんでしたか?」
「要人の護衛。水の国のお偉いさん。火の国に用があったから、それで…」

「…それは、水影ではなかったのですね?」
「うん。水影では無かった」
どうして呪印が痛んだのか、ハヤテにもそれは分らなかった。
しかし、それ以上に困惑しているのは、間違い無く本人である。
死を隣り合わせにしている忍びの仕事との重さとは、また違う重さ。
「後で、カカシさんに来てもらった方がいいみたいですね」
「えっ?大丈夫だよ。もしかしたら気のせいだったかもしれないし…」
「でも…」
ハヤテは言葉を飲み込んだ。それはの気持ちが痛いほど分かっていたからだった。
周りの人に迷惑をかけたくない…。それはいつもが思っていることだった。
「分りました。でも再び痛んだら、すぐに言って下さいね。分りましたか?」
真剣な瞳での事を見つめると、優しい笑みで"うん"と答えたのだった。<









ゲンマは仲間と遅い昼食を取り、一楽から出て来たところだった。
よく見知った人物が通り過ぎるのに気がつき、仲間に別れを告げ、少し足早に歩いた。
「よぉ、ハヤテ」
ぽんっと肩を叩き、ハヤテも後ろを向く。
「ゲンマでしたか。どうしたんです?」
「いや、丁度お前が通り過ぎるのが見えたからな」
そう言って、ハヤテが何か手にしている物に目を移す。
「どこか行くのか?」
ハヤテの手には、青々とした葉が印象的な延齢草(えいれいそう)が握られている。
「人と会う約束があるので…ゴホッ、ゴホッ…」
か?」
「えぇ、遅れると五月蝿いんで…」
苦笑いをしながらゲンマに別れを告げ、ハヤテは待ち合わせの場所に向かった。



NEXT





モドル