交錯する思い
「ったくさ…、イザークも人の事なんだと思っているのかね」

ブツブツと文句を言いつつ、資料に目を通しながら歩いているのは、緑の軍服に身を包んだ元クルーゼ隊のディアッカ・エルスマンだった。一時期、軍から抜けて第三勢力に身を寄せていたが、停戦条約締結後、再び軍に戻って来たのは今から約1年前の事。現在は元同僚であるイザークが隊長を務めているジュール隊に配属され、彼の右腕的存在として働いている。
そして今、彼は明日の会議で使う資料に目を通しながら歩いている。
一応、周囲には気をつけているので、人や壁にぶつかったりすると言うベタな事はなかったが、そんな彼の歩みを止める存在が現れた。

「グッドタイミングです!ディアッカ先輩」
「あぁ?

がしっと腕を掴んでいたのは、ディアッカ達の2期下の後輩だった。
はきはきした物言いと的確な判断が出来る為に、イザークからも一目置かれている存在だ。

「ちょうど、ディアッカ先輩を探していたところなんですよ」
「俺を?」
「はい。今、お時間ありますか?」

そう聞かれ、ディアッカはどう答えるべきかと頭をひねった。
別にちょっと時間が取れないほど忙しいわけではない。しかしここで長い休憩を取っていると、イザークに会った際にどやされる。
どうしたものか…と悩んだ結果、少し位ならいいだろうと言う結論に至った。

「じゃあ5分だけな」

そう答えたディアッカを、は強引に腕を引っ張って近くの部屋に連れ込んだ。





「コーヒーどうぞ」

そう言って、は手に持っていたカップの一つをディアッカに手渡した。
こういう気遣いは女性らしく、ディアッカは悪い気はしなかった。

「さんきゅう。で、俺に話って?」

5分という限られた時間だ、それを有効に使うためにディアッカは早速本題に入ることにした。

「実はジュール隊長が好きなお菓子を知りたいんです」
「イザークの?」

そういうディアッカは、内心"またか…"と思っていた。
ジュール隊長ことイザークは、女性にモテる。
婚約者なる者はいないが、イザークに思いを寄せている女性は多い。
遺伝子操作で容姿端麗な者は多いコーディネーターだが、イザークはその中でも上位に位置するだろう。それでも婚約者がいないのは、遺伝子上の問題と彼の性格ゆえだ。

「まさか、お前もイザーク狙いだったとはね…」

正直、ディアッカは残念だった。目の前の少女は、そういった事とは無縁だと思っていたからだ。
同じ隊のシホ・ハネンフースのように、上司としてイザークを慕っているだけだと思っていたのに、まさか恋心を抱いていたとは。

「なっ、何を言ってるんですか。私はそんなつもりありません」

慌てたように否定する態度に、ディアッカはあれ?と思った。
普通、他者にこういった気持ちがばれた場合、大抵のものは慌てる。
しかしの慌て方は、仕事で簡単なミスをした時のような慌て方だったのだ。

「何か勘違いなされているようですけど、私はただ感謝の気持ちを伝えたいだけなんです」

ディアッカの心を見透かしたように、は言葉を付け加えた。
そう言うは重要な任務を任された時のように真面目で、ディアッカはが本心からそう思っている事を理解した。

「…OK。そう言うことなら協力してやるよ」
「ありがとう御座います、ディアッカ先輩!!」

ぎゅっとディアッカの手を握り、は嬉しそうにお礼の言葉を言う。
しかし何か思い出したように、再び口を開いた。

「それからディアッカ先輩にはもう1つ、頼みたい事があるんですけど…」
「なんだよ。言ってみろよ」
「実は…味見係もしていただけないでしょうか?」

顔色を伺うように、はちらっとディアッカを見た。
一方ディアッカは、意外なの申し出に少し唖然としてしまった。

「俺でいいわけ?」

イザークに贈る物なら、その味見に自分を選ぶのは不適切だと思ったからだ。それになら、自分で味見をすればいいのではないかとも。

「私、甘いのダメなんです」
「えっ?」

予想もしなかったの言葉に、ディアッカは"マジで?"と聞き返してしまった。
その言葉に、は申し訳なさそうに頷いた。

「女って、甘いものが好きなんじゃないの?」
「それは女性に対する偏見です。それに男の方でも、甘いもの好きはいますよ」

のその一言に、ディアッカの脳裏にはかつての同僚が浮んだ。
確かに、彼は男の癖に甘いものに目が無かった。

「ディアッカ先輩?」

少し躊躇いがちに掛けられた言葉で、ディアッカは我に返った。

「いや、悪い。何でもない」

"そうですか?"とは聞き返す。
だが無理強いする事でもないと思ったは、話を元に戻した。

「で、ジュール隊長は何がお好きですか?」

期待の眼差しで見つめられ、ディアッカは過去の記憶を漁った。
イザークと言う男は、そうそう甘いものを食べる男ではない。
別に甘いものが苦手というわけではないが、好んで食べるというわけでもない。

「悪りぃ。ちょっと思いつかないんだよね」
「そうですか…」

自分よりイザークと付き合いの長いディアッカが思いつかないのであれば、自分では一体何を贈れば良いのか余計わからない。
は落胆した。
そんなに悪いと思ったのか、ディアッカはぽんぽんとの頭を叩いた。

「もう1度考えてみるから、そう落ち込むなって」
「はっ、はい。ありがとう御座います」
「じゃあ俺は仕事に戻るわ」
「私もそうさせていただきます」

模範的な敬礼をし、は部屋を出て行った。





とは言ったものの、どうすっかねぇ…。

資料に目を通しつつ、ディアッカは1人ごちた。
と別れてから、ディアッカも過去のありとあらゆる出来事を思い出しているが、の求める"イザークの好きなお菓子"に関する記憶は見当たらない。
だが協力すると言った手前、どうにかしてあげたいというのがディアッカの本音であった。

「おいディアッカ。貴様、真面目にやる気が無いのなら出ていけ!」

そんなディアッカの苦労を露も知らぬイザークは、いつものようにディアッカを怒鳴り飛ばした。
イザークに怒鳴られる事はいつもの事だが、ディアッカはそれに小さな違和感を感じていた。

なんか、妙にイライラしてんだよねぇ。イザークの奴。

他の者よりイザークとの付き合いが長いディアッカは、イザークのちょっとした変化に敏感だった。
落ち着きがないと言うか、何か気がかりがある時の態度だ。
そしてそれが自分に関係している事も、ディアッカに対する態度でなんとなく感じていた。
だが、ディアッカには心あたりは無く、いつものように退散しようと思っていた時の事だった。

「そう言えばイザーク」

ふと思い出した昔の記憶を確かめるべく、ディアッカはイザークに声を掛けた。

「なんだ」

イザークは今だ苛立っているのか、鋭い視線でディアッカを射抜いた。
しかしそこは慣れゆえか、ディアッカはそれに怯む事無く言葉を続けた。

「お前、アプリリウス市にある有名なケーキ屋のチーズケーキ、好きだったよな」
「あぁ、ニコルがお土産に買ってきたやつか。確かに好きだが、それがどうした?」

突然そんな事を聞いてきたディアッカに、イザークは怪訝な顔をしているが、ディアッカはイザークの答えを聞いて満足そうに笑うと、席を立った。

「俺ちょっと出かけてくるわ」
「おい、ディアッカ。俺の質問に答えろ!」

しかしディアッカはイザークの言葉を無視し、部屋を後にした。
その後ろでイザークの不機嫌な声が響いていたが、ディアッカはあえて聞かなかった事にした。



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