カラミティ、レイダーに続き、フォビドゥンが帰艦した。
多分、薬が切れたんだと思う。 今までいくら訓練をしても、実践における精神負担には及ばない。 やはり一刻も早く、彼らへの投薬をやめさせないと…。 その思いで、私はアズラエル理事のところへ向かった。 無道さにドアを開けると、アズラエル理事はゆったりと椅子に座り、何かの資料らしきものを見ていた。 「おや、君でしたか」 私の事を一瞥し、また手元の資料に視線は戻った。 「アズラエル理事、お願いがあって参りました」 「なんです?」 「これ以上、彼らへの投薬量を増やさないで下さい。あなたは彼らの状態をご存知で?今、彼らに施している処置は、彼らの精神を破壊しているだけではないですか」 「それがどうしたんです?」 理事の氷のように冷たい目が私を捉える。 「彼らは所詮、組織の末端です。そんな彼らがこの後どうなろうと構わないではないですか。今、彼らに求められているのは五月蝿いハエを撃つ事です。その為に、いくら掛けたと思っているんですか?」 「あなたは、彼らが壊れていく事にすら何も感じないのですね」 「、君だってよく知ってるはずですよ?あの薬の事は。それを知っている君が、今更なぜ騒ぐんですか?彼らに同情でもしましたか?あの廃人達に」 廃人。同情。そう思っているのは、全てあなたじゃない。 そして彼らをそうしたのは、あなた自身だと言うのに…。 「少なくとも彼らは、あなたよりは人間らしいわ」 私の言葉に、理事はくすっと嫌な笑みを浮かべた。 「そうですか?だったら旧第2医務室に行ってみたらどうです?」 「旧第2医務室?」 「えぇ。今、お仕置きの最中ですから、彼らの人間らしさとやらが見れますよ?」 "お仕置き"…。理事が言うこの言葉の意味、それは薬が切れて禁断症状を起こしている彼らに、わざと薬を与えず苦しませる事を指す。 それは彼らの命を握っているのは自分だと示す為に、理事がよく使う手だ。 なにもこんな状況で、そんな事をするなんて。 「あなたって人は・・・」 悔しさのあまり唇をかみ締める。 そんな私を、目の前にいる男はその様を嬉しそうに見ている。 「見に行かないんですか?」 アズラエル理事の言葉に従うわけではないけど、私が彼らの事を案じているのも事実だ。私は不本意ながらも、敬礼をした。 「失礼します」 部屋のドアが閉まるのを確認し、急いで旧第2医務室に向かう。 搭乗した際、この艦の地図を頭に叩き込んでおいてよかった。 慣れぬ館内を、急いで進む。 この角を右曲がり、2本先を左の白い扉。旧第2医務室だ。 もちろん、ドアにはロックが掛かっている。彼らが逃げ出さぬ為だ。 ポケットからカードを取り出し、ロックを解除する。よかった。きちんと作動する。 ゆっくりと開く扉。部屋の中で苦しむ3人。 少し上を見れば、彼らを見下ろす研究員達の姿が見える。 突然の私の入室に、2名の研究員が反応する。 しかし、真ん中の研究員がそれを制止する。そう、あなたがリーダーをやっているのね。 少しの懐かしさと、それ以上の怒りがこみ上げる。 キッと、一度だけ彼らを睨みつける。 だが、今はそれどころじゃない。私が部屋に入って来たと言うのに、彼らの目に私は映っていない。 強化インプラント・レベルが一番高いのがシャニ、次にクロト、オルガと続く。 レベルが高いだけ、薬に頼っている部分が大きい事になる。 つまり、その分薬切れの影響も受けるわけだ。 「シャニ」 優しく声をかけながら、床に座り込み、子どもの様に嗚咽を漏らしながら泣いているシャニに近づく。 ビクッと、体の筋肉が強張ったのがわかる。 「大丈夫だから、安心して」 出来るだけ優しく、ゆっくりと話かける。 腕を伸ばし、シャニの体を包み込むように抱きしめた。 「シャニ、大丈夫だからね」 何度も名を呼び、シャニの気持ちが落ち着くように、背中をなでる。 もちろん、こんな事で薬の禁断症状から開放されるわけではない。 γグリフェプタンと度重なる手術の所為で、この3人の中からは、恐怖心という心のストッパーが削除された。 それは戦場で、敵を1機でも落とす事を可能にする反面、彼らの理性をも奪い去った。 しかし、こうして薬が切れた際の禁断症状は、その削除された恐怖心を一時だけ呼び覚ます。 体が、心が、薬を欲する。死を回避しようとする。 その為、このような痙攣、体温の異常変化をもたらしている。 この時の彼らは、普通の人間と何の代わりも無いのだ。 誰だって、死ぬのは怖いに決まっている。 それを分かっていながら、あの人は彼らをこうして窮地に追い込んでいるのだ。 シャニを抱きしめだしてから、少しだがシャニの痙攣が治まってきた。 大分、気持ちが落ち着いてきたのだろう。 それでも薬切れの症状がなくなるわけでもなく、苦しそうに息をしている。 私はポケットに忍ばせておいたピルケースを取り出した。 そして2種類のカプセルを1粒ずつ取り出すと、それらをシャニの口に押し込む。 ゴクンと、シャニの喉が動き、薬を飲み込んだのが分かった。 「…?」 掠れた声で、シャニが私の名を呼んだ。 「大丈夫だから、お休み。シャニ」 私がそう言い終る前に、シャニは眠りについていた。 シャニの体を床に横たえると、私はクロトとオルガの方に向き直った。 "お仕置き"の最中にも関わらず、突然、部屋に入って来た私の行為。そして今、シャニに起こった事を目の当たりにし、クロトとオルガの目の色が変わっている。 「くす…り、持ってるの…か」 苦しそうな声で呟きながら、クロトの手が伸びてきて、私の首を捕らえた。 本人は私の首を絞めているつもりなのだろうが、薬切れの所為で手にはほとんど力も入っていない。 小刻みに手が震えているのがわかる。 様々な感情が交差する。 どうして、こんな子供である彼らがこんな目にあわなければいけないのかとか、薬切れの禁断症状がどんなに苦しくて辛いものかわかっていて、それを平然と行うアズラエル理事に対する怒りとか、そもそもの原因は私にある事とか、全てから逃げ出したくなる。 でも、それはしてはいけない事。 「クロト、殺したいなら殺しても良いよ」 「おいっ、!?」 私の言葉に、オルガが動揺したように声を上げた。 私とクロトに近づいてこようとしたオルガを、目で静止させ、クロトを正面から見つめた。 「君たちには、その権利がある」 罪深き私を裁く権利が、罰する権利が…。 「さぁ、クロト・ブエル!やりなさい!!」 そう言い放つと、クロトの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。 私の首に絡まる手も、先ほどとは異なる震え方をしている。 「ごめん…。ぼっ、僕…」 途切れ途切れに、謝罪の言葉を言うクロトに、私は先ほどシャニに飲ませたのと同じ、2粒のカプセルを口の中に入れた。 ゴクンっと、クロトが飲み込んだ事を確認すると、少しして急にクロトの体の力が抜けた。 そのまま私の上に倒れこんできそうになったクロトの体を受け止め、頬に残る涙拭った。 「ごめんね。また、君達を苦しめた。ごめん…」 どうして、彼らが苦しまないといけないのか。 どうして、彼らがこんな目にあわないといけないのか。 全ての根源は、私にあるのかもしれない。 そう思うと、その事が悔しくて、悲しくて、私は一滴の涙をこぼした。 「?」 後ろからかけられた声に、ハッとし、私は涙を拭った。 「ごめん。オルガがまだだったね」 ピルケースから、今度は1粒だけ薬と取り出し、オルガに差し出す。 「2人の事、見ていたからわかるだろうけど、これで少しだけ楽になるから」 「お前っ…これ…」 中々受け取らないオルガ。 もちろん、それは当然の反応だろう。 どうして私が、γグリフェプタンの禁断症状を抑える薬を持っているのか。 オルガの気持ちもわからなくは無い。 でも、今はそんな事を行っている場合じゃない。 ぐいっとオルガの腕を掴んで引き寄せ、口に押し込む。 即効性だから、薬の効きは早い。 オルガは今まで無理に立っていたのだろうが、薬が体に回り、緊張が解かれたように床に座り込んだ。 まだ少し苦しそうだが、これで少しはもつだろう。 「ごめんね。今の私には、これ位しか出来なくて。ごめん」 オルガ、シャニ、クロト。それから×××。 ごめんね。 未だ、上の部屋から彼らを観察している者達を一瞥し、私はそっと、部屋を出た。 |
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